夢卜アレキサンドライト

□2人の青年
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どこかの高層マンション。ビルが建ち並ぶその様子から、おそらく東都の中心部なのだろう。周囲をヘリコプターが飛び、マンションの駐車場やその周りには何台ものパトカーが止まっていた。

視点は変わってマンション内部。
内廊下の奥に座り込む、男にしてはやや長めの髪の青年。その左右には、シールドを構えた警官が数人ずつ控えている。
下に止まっていたパトカーの数。そして、彼ら以外人気のないマンションを鑑みるに、このマンションに爆弾でも仕掛けられたか。
ちょうど座り込む青年の向こうに、黒く無機質なそれが見えた。

「当マンションの住人、避難完了しました」
「りょーかい。んじゃまあ、ゆるゆるといきますか」

青年は加えていた煙草の火を消し、言葉通りの緩慢な動作で爆弾だろうそれへと向き合った。
1つひとつの仕掛けを確認していく青年の声に被るように、携帯の着信音が響く。

「感光起爆装置用光電管。水銀レバーから白いコード。液晶パネルから……松田、何の用だ?」

中々切れないその音に痺れを切らしたのか、爆弾解体中であるこの状況下で青年は応答した。開口一番、電話の向こうの「松田」へと文句を言ってだが。

「萩原! お前何のんびりやってんだ。さっさとバラしちまえよ」

なぜか、電話口にいる青年にしか聞こえないはずの声が聞こえた。
私は爆弾解体中の彼らから少し離れた場所にいて、スピーカーにでもしない限りその声が届くことはない。通話をスピーカーに切り替える様子はなかったし、そんなことをする必要もない。
それなのに、やっぱり声は鮮明に聞こえていた。そればかりか、電話の向こうの青年の姿までわかる。
マンションの下に止められた警察車両の側にいる青年は、天然パーマのかかった黒髪でサングラスをかけていた。

「おいおい、そうがなりなさんな。タイマーは止まってんだ」

確かに、爆弾のモニターは真っ暗で、普通ならそこに表示されるだろう数字は見えない。けれど同時に、唐突にこの場面に居合わせた私には、残り時間を知る術もなかった。
万が一この爆弾が起動しモニターが点灯した時、身を守る時間はどれほど残されているのだろうか。

「……ところでお前、ちゃんと防護服は着てるんだろうな」
「あんな暑っ苦しいもん着てられっか」

防護服、とは。
見れば、青年の後方に畳まれた白いそれらしきものが見える。その上にはヘルメットもある。
私は着たことがないからわからないが、いつ爆発するかわからないものが隣りにありながらの青年のこの態度。かなり暑いものらしい。
青年は笑い混じりに返すが、それを激しく叱責する声が電話の向こうから響いた。

「馬鹿野郎! 死にてえのか!」
「ま、そん時は仇取ってくれよ」
「……怒るぞ」

今から死にに行くような青年に、先程とは違い静かな怒りを滲ませた声がかかる。
二言三言交わした後、電話の向こうからの飲みの誘いに笑顔を見せた青年は、中断していた解体作業へ戻った。

その時だった。

──ピッ……「00:00:06」

決して大きくはない機械音が、一瞬異様な静けさに染まった廊下に響く。音と同時に視界に入ったのは、爆発まで僅か6秒という時間を表示する黒いモニター。
ハッとした青年が一番の大声を上げる。

「みんな逃げろ! タイマーが生き返った!」

その場にいる警官たちの間に動揺が走り、一拍の後、各々が爆弾を背に走り出した。青年も握っていた携帯をその場に投げ捨て、廊下の向こうへと足を動かす。
音を立てて床に落ちた携帯から、「萩原?」と青年を呼ぶ声が聞こえる。タイマーが動いたという声は聞こえていたはずだ。

私は、この爆発の影響を受けるのだろうか。
必死で爆弾から距離を取ろうとする彼らがスローモーションになる視界で、私は一人、場違いなことを考えていた。
間違いなく私はここにいて、私の意識はここにある。けれど、先程から誰一人、私のことに気づく人間がいないのだ。
私は、私の肉体は、本当にこの場にいるのだろうか。

考えている間にもタイマーは進む。それが「1」を示した瞬間、私はとっさに念能力を発動させていた。
ただただ、死にたくないと思った。まだ、死にたくない。こんなところで、死ぬわけにはいかないのだと。

炎熱の境界線(バウンダリー)

死を告げるその赤い文字が「0」に切り替わった途端、生まれた強烈な熱と風。それが届くより一瞬早く、私の体をオーラの炎が包み込む。
念能力を使っていなければ、その場に留まることさえ難しい。それほどの規模の爆発で、辺りは一瞬にして黒い煙に包まれた。


「……はっ、っ!」

気づけば視界には、見慣れた天井が映っていた。いつもの部屋、いつものベッド、いつもの布団。見えるもの全てに見覚えがあって、そこは爆弾が仕掛けられたマンションではない。
夢を、見ていたのか。夢にしては臨場感があり過ぎた。疑う部分もあったけれど、思わず念能力を使ってしまうほどに現実味があった。

あの青年は、警官たちは、助かっただろうか。否、あれほど規模の大きな爆発だ。フロアにいた人間は、誰一人生き残ってはいないだろう。
気になることはあったけれど、所詮は夢。私にはどうしようもないこと。それより朝ご飯でも作ろうと、ベッドから体を起こした。


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