ミルククラウンを戴く

□ホグワーツの休日
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金曜の昼休み。給食を食べ終えたらお喋りに興じたり遊びに出かけたりする者が多い中、私はその日出された宿題を終わらせることに時間を使っていた。
幸い、小学生に出される宿題の量なんて知れている。そしてその多くは、知識そのものや解き方を覚える為の反復練習で構成されていた。故に、私にとって宿題をするのに必要なのは、繰り返し書く為の時間であった。
小学校の方はこれで大丈夫。問題は全く新しいことを学んでいるホグワーツの方で、土日や自宅での学習は主にそちらに時間を使っていた。その為にもこちらの宿題は、向こうの勉強時間に決して充てられない小学校の拘束時間の中で片付けてしまいたい。

「今日もやってるのか」
「新しく覚えたいことばかりで、時間がいくらあっても足りないのよ」

必然的に休み時間を宿題に充てることが多くなった私に、日々教室で顔を合わせる孝太郎が気付かぬ筈がない。呆れたような、それでいて心配そうな顔で声をかけてきた。

「今日で向こうも1週間終わりだろ? 土日はどうするんだ?」
「そうね……正直迷ってるわ。向こうの勉強はこっちじゃできないことも多いし、他の子はみんな寮生活で帰れないんだもの」

ホグワーツ──ひいては魔法界のことを一般人に知られることは得策ではない。むしろ、魔法界はその存在を秘匿せんとしている。そんな状況下、事情を知っている者しかいないとは言え、あまり自宅に宿題を持ち込むことは憚られた。
加えて、杖を振るような宿題に関してはこちらではできない。というのも、魔法省は未成年──魔法界での成人は17歳である──の魔法使い・魔女が学校の外で魔法を使うことを禁止しており、学校の外で魔法を使うと警告文が届く。1回目はそれで済むが、2回目は魔法省への呼び出しがかかってしまう。
この決まりにより、ハリーは5年生の時に法廷へ出廷していた。同じ状況に陥るのはごめん被りたい。

また、ホグワーツは全寮制の学校であり、全校生徒が帰宅する夏休み以外で帰省が許可されるのはクリスマスとイースターの休暇のみ。この2つは日本で言うところの冬休みと春休みに当たる。
それ以外の土日、生徒はみな学校内で生活している。二重生活を送る影響で日々の帰宅が許される私だけれど、土日まで行ったり来たりを繰り返すのはどうかと考えていた。

「でもそうね、今週末は向こうにいるわ。流石に新学期最初の土日だもの」
「確かにそうだな」
「もちろん、日曜の午後には戻ってくるつもりだけどね」

昼食を終えた頃に戻れば、日本は夜9時前後。そこから午後の授業をしている普段と比べて、かなり余裕を持って睡眠が取れるだろう。


その日、ホグワーツでの授業が全て終わった夕方。私は珍しく帰宅せず、夕食までの時間を宿題をして過ごすことにした。

「何かアカネがいるって新鮮」

教科書に羽根ペン、羊皮紙をローテーブルに広げながらそう言ったのはロンだ。確かに、いつもの私だったら、授業が終わると入浴だけ済ませて日本に戻ってしまう。

「私も凄く新鮮な気分。放課後、こうやってみんなで宿題するっていうもの良いわね」
「う〜ん……できれば宿題よりチェスとかの方が良いよ」

既に宿題へのモチベーションが下がり始めているロン。隣のハリーがそれに苦笑しつつ問うてくる。

「土日はこっちにいるの?」
「ええ、とりあえず今週末はそのつもり。日曜の午後には戻るわ。ほら、向こうじゃ魔法使えないから……ちょっと練習してみたい呪文もあるのよね」
「君、変身術の授業で普通に使えてたじゃないか……」

ロンは宿題以外の勉強もするつもりなのかと言いたげだ。もちろん、私はそのつもりである。
土日の内に可能な限り実技の方を磨いておけば、最悪、教科書は日本でも読める。日本で英文の本を読める人間はあまりいないだろうし、本当に時間がなければ、最終手段として学校へ持って行くことも考えている。

「まあでも、勉強だけじゃね。……ロン、チェスができるなら教えて。私、あんまりやったことないのよね」
「あ、僕もやってみたい!」
「そうかい? なら、夕飯の後やろうよ! それか、時間あるから明日でも良いし……」

私はあまりチェスに詳しくないが、年度末のチェス勝負を考えればロンの実力はかなりのものなのだろう。確かダンブルドアが、名勝負だと言って年度末に加点していた筈だ。
そういうことなら、と目の前の宿題にやる気を見せ出したロンとハリー。私も2人に負けていられないと宿題に向き合った。

ホグワーツで迎えた始めの土日は、私にとって、「寮生活」というものを実感させられる貴重な時間になった。
学校の中で夕食を食べ、眠り、起き、朝食を食べて宿題をする。宿題が終われば友人と遊んで、昼食を取り、談話室で本を読んだり呪文の練習をしたりして過ごした。
1日の全ての中に魔法がある。ホグワーツに入学してきた生徒にしたら普通のことなのだろうが、日々魔法のない生活へと戻っている私にとって、それはとても新鮮なことだった。

そしてやはり、魔法というものは実技あってのものだと実感した。いくら本を読み漁って知識をつけても、それを実際に杖を振ってやってみなければ自分の物にならない。もちろん、知識を得て理論を理解していることは大前提にあるのだけれども。
ホグワーツで過ごした初の休日、その半分以上を私は呪文の練習に充てていた。予定していた帰宅時間を大幅に超えてしまったことは、目に見える成果に歓喜した心の所為──不可抗力ということにしておきたい。



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