ミルククラウンを戴く

□魔法薬の先生
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二人一組になって始まった魔法薬学の初調合。今日作るのはおできを治す薬だ。スネイプが黒板に示した手順の元、教科書も見つつ調合を進めていく。
干しイラクサを刻み、蛇の牙を砕き、角ナメクジを茹で、山嵐の針を入れる……前に、大鍋を火から下ろすようネビルの動向に注視していなければ。

そんな緊張感があったのも最初の数分だけで、下処理した材料を鍋に入れる頃には、すっかり調合を楽しんでいる自分がいた。
材料を一つ加える毎に、あるいは決められた方向に一混ぜする毎に、大鍋の中身が様々な姿を見せる。それがとても新鮮で、楽しくて……要は、ネビルへの注意を怠ってしまったのだった。

「ネビル! 待って!」
「……え? うわぁあっ!」

使い終わった器具を片し、さて大鍋を火から下ろそうかとそちらを見た時には、既に大鍋の真上で山嵐の針を掴むネビルの手があった。このまま針を入れてしまえば、間違いなく大鍋は溶け、ネビルは薬を被ることになる。今の私にはまだ、盾の呪文は使えないのだから。
慌ててネビルを止めにかかるも、時既に遅し。山嵐の針はネビルの手元を離れ、大鍋の中に落ちていった。

鍋から緑色の煙が上がり、沸騰するような吹きこぼれるような音が鳴る。少しでも被害を減らそうと、咄嗟に着ていたローブを脱ぎ、それを頭から被るようにしてネビルに覆い被さった。
ジュッという音と何かが焦げたような臭いが辺りに漂う。薬がローブを突き破って制服に届く前にローブを下ろせば、幸い、私の体で痛みを感じるところはない。
けれど、調合に使っていたネビルの大鍋は捻れた黒い塊と化し、溢れた薬が床に広がっている。広げたローブでは全てを庇いきれなかったらしく、当のネビルも、山嵐の針を持っていた片手に幾つものおできが出来ていた。

「バカ者!」

教室中に響くほどのスネイプの叱責。怒鳴りつつも、スネイプは杖の一振りでネビルの大鍋や床に溢れ広がった薬を消し去った。
消失呪文は、早めに覚えなければならないだろう。

「大方、大鍋を火から下ろさない内に山嵐の針を入れたんだな?」

スネイプはついに泣き出したネビルに医務室へ向かうよう言い、そして私を見た。正確には、私と、私が持つあちこち溶けて穴空きだらけのローブを。
これは、修正呪文も早急に使えるようにする必要があるかもしれない。

「ミス・ミズシマ、君は?」
「私は大丈夫です」
「そうか。ミス・ミズシマは残りたまえ」

スネイプはそれだけ言うと隣にいたハリーを見て、ネビルへ注意しなかったことを追及した。
一緒に調合していながらネビルを止めきれなかったことで色々と言われる覚悟をしていたが、なぜかその責任はハリーに向かっている。原作通りと言えば原作通りだが、これではハリーのスネイプに対する印象が地に落ちるのも頷けるというものだ。
スネイプはグリフィンドールからの減点を言い渡し、それに不服を申し立てようとしたハリーから更に減点した。そうして、ネビルの被る予定だった薬の量が大幅に減ったこと以外、予定通りの魔法薬学となった。


授業後。グリフィンドールとスリザリンの生徒たちがそれぞれ地下牢教室を後にする。私が1人だけ残るように言われことを心配そうに見るハリーとロンに先に行くよう促し、私はスネイプと2人になった。

「……ローブを出したまえ」
「え?」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「先程のローブだ。……その耳は飾りかね?」
「いえ、すみません……」

おできを治す薬によって穴だらけになったローブ。まだ入学して1週間と経っていないというのに、これはもう着れないだろうか。替えがあるとは言え、少し寂しく思った。
スネイプが杖を一振りする。すると、瞬く間に穴がなくなり、新品同様の元のローブの姿になった。

「え、あ……ありがとうございます、スネイプ先生!」
「ローブは薬から身を守る道具ではない。今回は良かったとは言え、次も同じように防ぎきれるとは言い切れん」
「はい。今回のようにならないよう、以後気をつけます」

スネイプの言う通りだ。今回はたまたま無事だっただけ。下手をすればネビルの手どころか、私自身が全身に薬を浴びている可能性だってあった。
魔法薬を調合しているという楽しさにかまけて、周囲への注意が疎かになっていたことは否めない。これからは気を引き締めて臨まなければ。わざわざ忠告し、ローブを修復してくれたスネイプの為にも。

話はそれだけだというスネイプに、私もカバンを持って教室を出る用意をする。

「……調合中、笑っていたな」

スネイプに声をかけて出ようとした時、私に背を向けたままのスネイプが言った。向こうを向いているから表情はわからないが、もしかしたら、魔法薬学を楽しみにしているという私の言葉を覚えていたのかもしれない。
それがとても嬉しくて、素直に自分の思いを告げることにした。

「はい、楽しかったですから。私、魔法薬学が一番好きな科目になりそうです」

私の宣言に、スネイプは特に言葉を返さなかった。けれどその場から去ることもせず、おそらく聞き届けてくれたのだと思う。


「アカネ!」
「大丈夫だった!?」

教室から出ると、少し先で待ってくれていたらしいハリーとロンが心配そうに駆け寄ってきた。それに笑顔で答える。

「ええ、平気よ。さっき、ローブに穴が空いちゃったでしょう? スネイプ先生が直してくれたの」

2人とも「あのスネイプが……?」と言わんばかりの顔だったが、綺麗に元通りになっている私のローブを見て理解はしたらしい。ただし、納得はしていなそうな表情だった。



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