ミルククラウンを戴く

□変身術の先生
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「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険な物の1つです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出て行ってもらいますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます」

そう言い置いて始まったのは、我らがグリフィンドールの寮監、マクゴナガルの授業だった。変身術は、例えば前世の私が思い描いたような「これぞ魔法!」という授業で、理論の理解という点で他の生徒より優れている私には得意科目になりそうだった。
彼女は私たちに一見複雑そうなノートを取らせたが、よくよく噛み砕いて見てみれば、それはなるほど、理路整然としたものだった。どうしてそうなるのかという理論の部分の理解があり、魔力を込めた呪文を杖という媒体の乗せて放出する。これが、魔法。

それから私たちは、配られたマッチ棒を針に変える練習をした。
理論はオーケー。後は完成のイメージと、正確な発音、杖の動き。呪文と共に杖を振ると、マッチ棒は鋭利な銀色の針へと姿を変えた。

「すごいよ、アカネ!」
「ありがとう、ハリー」
「僕のマッチ棒、全然変わんないや……」
「大丈夫よ、ロン。まずは針をイメージするの。そして、発音と杖の振りを正確に」

隣で苦戦する2人にアドバイスをしつつ、縫い針以外の「針」をイメージして再び杖を振る。すると今度は、小さな銀色の針が手のひらに収まるほどの注射器になった。もちろんその先端には、鋭く光る針がついている。

「ミス・ミズシマ、素晴らしい! マッチ棒を針に変えたどころか、注射器にまでしてしまうなんて……貴女は変身術の素質があるようですね。よろしい、グリフィンドールに10点差し上げましょう!」
「ありがとうございます、マクゴナガル先生」

授業が終わるまでにはハーマイオニーもマッチ棒を針に変えて見せ、マクゴナガルは彼女にも点数を与えていた。気のせいか、授業中盤からずっと彼女に見られていたような気がする。
授業後。教室を出ようとする私に、マクゴナガルがそっと耳打ちしてきた。

「ミス・ミズシマ、ダンブルドアから話は聞いてます。貴女の学びへの意欲はもちろん歓迎しますが、無理だけはしないように。何かあれば私を頼ってください。私は、グリフィンドールの寮監でもありますから」

それは、私が日本とイギリスとの二重生活を送っていることに対する純粋な気遣いだった。私の寮の寮監であり、加えて副校長でもあるマクゴナガルには伝えておいた方が良いというダンブルドアの計らいだろう。

「ありがとうございます。その時はお願いします」
「ええ。ただし、これを理由に貴女だけ課題を免除する……などということはしませんので、そのつもりで」
「ええ、もちろんです」

悪戯っぽく笑ったマクゴナガルに、望むところだと私も笑みを返した。こういうところがあるから、マクゴナガルは好きなのだ。いつだって公平な先生だ。


公平な先生がいれば、突然、その逆がないとも言い切れない。その日の授業には、自寮であるスリザリンを贔屓すると噂のスネイプの魔法薬学があった。
ハリーもロンも、心なしかテンションが低い。私はと言えば、一番興味を持ち楽しみにしていた授業を前にテンションも上がっていた。

「君は楽しそうだね、アカネ……」
「そりゃあ私、ホグワーツへは魔法薬学を一番楽しみに来たんだもの」
「君、正気かい? 兄貴たちが言うには、スネイプのスリザリン贔屓は相当だって話しさ」

上の兄弟、特に双子の兄からスネイプのことを聞いているだろうロンは特に、魔法薬学は気乗りしないといった様子だった。

待ちに待った魔法薬学の授業は、予定通り、スリザリンとの合同授業だった。そこで、組み分け以来話す機会のなかったドラコを見つける。

「久しぶりね、ドラコ」
「……ミズシマ。君はグリフィンドールだろう。僕に話しかけるな」
「なにそれ。この間、よろしくって言ってくれたじゃない。私を見て、貴方の言う"付き合うに相応しい家柄"だと見込んだんじゃないの?」
「っ、それは……」

図星を突かれ、ドラコの頬に朱がさす。
そう、あの時、ドラコは私を見ていた。新品の制服やローブ、手入れの行き届いた肌や髪。それらから、私の家柄を推察していた。
自分で言うのも何だが、ドラコの予想通り、私はある一定以上の家柄の人間である。もちろん、そのことで学校で権力をひけらかそうとは思わないけれど。

「……なんてね、冗談よ。でも、仲良くはしてくれると嬉しいわ。ついでに言っておくと、貴方の見立てはあながち間違っていないわよ」

さて、そろそろ席に着かなければスネイプが来てしまうだろう。ドラコとの話を切り上げて、ハリーやロンの近くに座った。

夏休みと何ら変わらない格好で現れたスネイプは、まず出席を取り、そして私の名前のところで少しばかりその速度を落とした。夏休みに付き添ってくれたからだろうか。とりあえず、返事をする際に軽く目礼をしておいた。
次に、スネイプはハリーの名前でも止まった。そうして出席を取り終わると、映画の中で幾度となく聞いた大演説が始まった。

「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と厳密な芸術を学ぶ。このクラスでは杖を振り回すような馬鹿げたことはやらん。そこで、これも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。沸々と沸く大釜、ゆらゆらと立ち上る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力。心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解することは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。……ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」

スネイプの言葉、その一語一句を聞き逃すまいと耳を傾けた。理系に対する教養が人より多い分、純粋な興味からスネイプの授業を楽しみにしていた。そしてこれらのスネイプの言葉に、更に刺激された自分がいた。
名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法……それはつまり、魔法薬の持つ無限の可能性。杖を振る以外の、魔力や呪文に頼らない魔法が持つ力。なんて、魅力的なのだろう。

「ポッター! アスフォルデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じた物を加えると何になる?」

静かな教室に、何よりスネイプの言葉に感慨に浸っていた私に、目も覚めるような声。答えられないハリーに、スネイプは次々問いかける。

「もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、何処を探すかね? では、モンクスフードとウルフスベーンの違いは?」

依然答えられないハリー。教室には高く手を挙げ続けるハーマイオニーがいたが、スネイプは自ら答えを言い、その内容を生徒たちのノートに取らせた。
こういったことがなければ良い先生であるのに。夏休みの少しだけ柔らかい雰囲気のスネイプを知る身としては残念に思った。

「ネビル、一緒に作っても良いかしら?」
「う、うん……だけど、アカネは僕と一緒で良いの?」
「もちろん。頑張りましょうね」

スネイプが生徒を二人一組にして調合を始めるように促したので、一緒に組むらしいハリーとロンの元を離れ、私はネビルと組んだ。
あわよくば、この後の展開を防ごうと目論んで。



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