ミルククラウンを戴く

□私の秘密
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けたたましく鳴る目覚まし時計の音が、深くなり始めた睡眠から私を呼び覚ました。

「朱音、おはよう」
「……おはよう、孝太郎……」
「まだ眠そうだな」

いつもと同じ時間。共に登校する為に玄関に現れた孝太郎は、欠伸を噛み殺す私に苦笑した。

「昨日、遅くまで歓迎会だったのよ」
「寝れてないのか?」
「そうね……1時間ちょっとかしら。もし、私が授業中に寝るようなら叩き起こしてちょうだい」
「だが……いや、わかった。起こそう」
「ありがとう」

できることなら、寝かせておいてやりたい。
そんな気遣いさえ伺わせる孝太郎だが、けれど彼はその日一日、睡魔に負けそうになる度に私を起こしてくれた。持つべきものは、頼れる幼馴染である。


授業も終わり、夕方。帰宅した私は夕飯代わりにばあやお手製のカップケーキをつまみ、早々に仮眠を取った。仮眠から起きれば、記念すべきホグワーツ最初の授業が待っている。

数十分程度だったが仮眠が取れ、幾分か眠気がスッキリした。リビングの暖炉へ向かい、そしてフルーパウダーを手に取る。

『ホグワーツ!』

緑色の炎に包まれ、私は自宅からホグワーツへと移動した。
この短期間で5回目ともなれば、多少なりとも煙突飛行での移動にも慣れてくる。今回は珍しく、あまり周囲を汚さずに着地することに成功した。
けれど部屋の様子を見るに、これは早めに魔法を覚えて、杖の一振りで掃除できるようにするに越したことはないだろう。

部屋を見回した時、一度も使っていないベッドの上に手紙が置かれていることに気づいた。差出人は、アルバス・ダンブルドア。

「あ、アカネ、おはよう」
「おはよう……」
「おはようハリー、ロン。これから授業? 一緒に行っても良いかしら?」
「もちろんだよ」

談話室にいた2人と共にグリフィンドール寮を出る。2人とも既に朝食を食べ終え戻ってきたところだと言うので、ちょうど良かった。
妖精の魔法、薬草学、魔法史、闇の魔術に対する防衛術……どれも興味深くはあったけれど、1年生という都合上、実践的な内容を学ぶには自主学習が必要そうだった。何事も基礎からというが、先のことを考えれば、今から対策をしても遅いくらいである。


「そういえばアカネ、君、1人部屋なの? 階段の下に部屋があるよね?」

初日の授業が終わった夕方、そう聞いてきたのはロンだった。昨日の夜、あるいは今朝、部屋から出てきたところを見ていたのだろう。
この2人になら、まあ、話しても問題はないだろうか。

「……あまりみんなには言わないで欲しいんだけど、私、元々通ってたマグルの学校にもまだ通ってるのよ」
「え!? そんなことできるの?」

これに驚きつつも食いついてきたのはハリーだ。ロンと違いマグル界で育ったハリーは、ホグワーツ入学前に学校に通っていたはずだから。

「ダンブルドア先生に頼んで、特別にね。その為に、寮の部屋と家とを繋いでもらってるの」
「うえ〜、僕には考えられないよ。同時に2つも学校に行きたいなんてさ……」
「だって、ここと向こうじゃ学べることが全然違うもの。学生時代は一度だけだから、後悔のないようにしたいのよ」

別に、前世の自分の生き方に後悔したことはなかった。あの時はあの時で精一杯生きていたし。……最後の時のことは、除くとして。
けれど今世、私は他の人と違って記憶を持って生まれた。小学校で習う内容は昔のこととはいえ2周目であり簡単だったが、それよりも、理解した上で知識を吸収することがどれほど面白いことかということに気付かされた。せっかく、前世の私がくれた頭脳があるのだ。今世は自分の気の向くまま、可能な限り学んでみたいと思っている。

「まあ、そういうわけで……とにかく特別措置なのよ。他の人には秘密にしておいてくれない?」
「あーうん、オーケー」
「わかった。秘密にしとくよ」
「ありがとう、2人とも。私、これからダンブルドア先生に会いに行くから……また明日ね」

談話室へ戻り宿題をするという2人と別れ、私は3階へ向かった。朝のダンブルドアからの手紙に、放課後、話がしたいと書いてあったのだ。

「えーと……蛙チョコレート」

ガーゴイル像の前に立ち、書いてあった合言葉を告げる。するとガーゴイルは横へと動き、螺旋階段が現れた。私が乗ると螺旋階段はクルクル回転しながら上昇し、私を校長室へと導いた。

「こんにちは、アカネ」
「こんにちは、ダンブルドア先生」

扉を開けて中へ入ると、ローテーブルに紅茶とクッキー、それから組み分け帽子を乗せて待つダンブルドアがいた。予想通り、昨日の組み分けで帽子に指摘されたことがダンブルドアの耳に入ったと見て良いだろう。

「紅茶はいかがかね?」
「ありがとうございます。いただきます」

互いに紅茶を飲み、クッキーをつまむ。そうして一息ついたところで、私から話しを切り出した。元々、ダンブルドアにはすぐに話さなければならないだろうと思ってはいたのだから。

「ダンブルドア先生。組み分け帽子から、私のことをお聞きになりましたね」

それは問いかけではなく、確認。

「……ふむ。この組み分け帽子は、君の記憶を見たという。それも、君が君になる前の記憶だと。説明してくれるかね?」
「はい、もちろんです。自分でも信じ難いことですが……私には、前世の記憶というものがあります。成人して少しの年に事故で死に、次の記憶では、今の両親の元に朱音として生まれていました」

ここまでならまだ、珍しくも可能性としてはゼロではないだろう。問題は、この先だ。

「前世、私の生きていた世界には、ある児童書がありました。それはある魔法使いの少年が成長し、宿敵と対峙するという物語……」
「その、少年というのは……」
「お察しの通り、ハリー・ポッターです。私は、その本を読んでいて……この世界が辿るべき、少しばかりの未来を識っています」

そう、これが私の秘密。家族の誰にも言えなかったこと。
前世の記憶があるなんて。ましてや、少し先の未来と、人の生死を識っているなんて。

「……この話を、他の者には?」
「いいえ、誰にも話していません。もちろん家族にも。私が前世の記憶を持ち、魔法界の未来を識ることを知っているのは、この世でただ1人。貴方だけです、アルバス・ダンブルドア」

開心術を使ってくるだろう相手に、私は敢えて真っ直ぐな視線を向けた。ダンブルドアは私をじっと見つめ……そして目元を綻ばせた。

「……よく話してくれたの、アカネ。お主はこれからどうするつもりじゃ?」
「ここが自分の識る世界だと気づいたのは、あの日、貴方に会った時なんです。けれど、その時から私の心は決まっています」

ダンブルドアが、全て正義とは思っていない。だって、たとえ相手が悪であったとしても、死を与えることは「悪」であるはずだから。けれど、この世界での正義は彼らで……ヴォルデモートが勝つ世界が、平和であるとは私には思えなかった。
平和ボケした、極東の島国の人間の考えであるとも思う。けれど、それが私の出した結論だった。物語の悪を倒し、物語の正義を救う。この知識を使って、その手助けをする。

「ヴォルデモートを倒し、戦いの中で散るはずの命を、一つでも多く救いたいと。そう、思っています」
「お主の考えは良くわかった。そして嘘も言っておらんようじゃ」
「当然です。……この記憶を貴方に話すことで、未来が大幅に変わるのは避けたい。だから時が来るまで、貴方にも全ては話せない」
「うむ、それが最善じゃろうて。……さてアカネ。そろそろ戻らねば、明日の授業に差し支えてしまうじゃろう」

腕時計の針は、日本時間でとうに日付が変わったことを示していた。

「そうですね。では、ダンブルドア先生。おやすみなさい」
「おやすみ、アカネ。よい夢を」

校長室を出た途端、長い長い息が自然と漏れた。



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