ミルククラウンを戴く

□初登校の夜
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9月1日。日本では新学期の始まりの日であり、イギリスでは、新年度の始まりの日である。
孝太郎と共に帰宅した後、昨日揃えた学用品の荷解きをし、ホグワーツ特急の発車時刻である11時まで日本で過ごすことにした。11時発なら、10時頃漏れ鍋へ向かえば間に合うだろう。
特急の乗車券は昨日、別れ際にスネイプが手渡してくれていた。

「ホグワーツ特急(エクスプレス)、9と3/4番線から11時発……これだけで、まさに魔法の世界だな」
「そうなの。9番線と10番線の間の、壁の中の空間にホームがあるんですって。そうやって、上手く非魔法族(マグル)と共存しているんでしょうね」

魔法薬の教科書に目を通す私の横で、切符を見ながら言う孝太郎。その視線はすぐに、私の持つ教科書へと移された。

「それ、教科書か?」
「ええ、魔法薬学。昨日来てくれた、スネイプ先生が教えている科目よ」
「……随分仲良くなったんだな」

そう言う孝太郎の顔は、苦虫を噛み潰したようになっている。確かに私だって、前世の記憶がなく彼の背景を知らなかったら、孝太郎と同じような反応をしていただろう。そう思うほどには、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。

「仲良くなったと言うか……パパとママが、薬品開発をしてるって話をしたの。私も当然、興味があるってね」
「なるほど。朱音が入学前から、自分の担当科目に興味を持ったからか」
「そんなところ。魔法薬は杖を使わない科目だから、そんなものは魔法じゃないって言う人もいるみたい」

杖を使うものこそが魔法。そんな考え方をする人の方が、圧倒的に多いだろう。だからこそ、呪文学や変身術を差し置いて魔法薬学に興味を向けた私に、スネイプも目を止めたのだ。

「それにほら、杖がいらないなら、孝太郎もこの授業は受けられるかもしれないわ」
「僕が? ……いやでも、確かに面白そうだ」
「でしょう? 帰って来た時は、一緒に調合しましょう。どうせ学校から宿題が出るはずだもの」
「楽しみにしておく」

家が病院を経営している孝太郎も、2人の兄たちと同様医者を目指している。そして同じく理系の彼は、私と同様に理科も好きだった。
そんな孝太郎と薬学の教科書を眺めた後、私はばあやに軽食を頼み、夜に向けて仮眠をとった。


午後6時。いよいよホグワーツへ向かう為、イギリスへ渡る時間になった。
焦げ茶色のトランクを抱え、フルーパウダーを握って暖炉の前に立つ。

「パパ、ママ、お兄ちゃん、」
「朱音、しっかり学んで来なさい」
「楽しんでいらっしゃい」
「誰かに虐められたら言え。俺がホグワーツに乗り込んでやるからな」
「ふふ、ありがとう。それじゃあ行って来ます!」

別に、明日だって小学校があるから夜中には戻ってくると言うのに。けれど、家族みんなに見送られての出発はやっぱり嬉しかった。

イギリス、キングスクロス駅。
煙突飛行で到着した漏れ鍋から、前回は使わなかったマグルの街へ繋がる扉を通りロンドンの街へ。着いた駅で、切符を片手に乗り場を探していた。
構内の案内を頼りに9番線と10番線があるホームに行くが、あいにく、ホームの間の柱はいくつもあってどれが入り口かわからない。こういう時は慌てず焦らず、魔法使いらしき人たちを探せば良いだろう。

冷静になってホームを見渡せば、やはりいた。大きなカートにトランクと、ペットとして連れて行くのであろうふくろうが入った籠を乗せた少年。くしゃくしゃの黒髪に、メガネ、ダボッとした服の──見紛うはずもない、この物語の主人公が。
その先にいる赤毛の集団へ声をかけたハリーに続き、私もモリー・ウィーズリーだろう女性へ声をかける。

「すみません、」
「はい。……あら、貴女も新入生かしら? 9と3/4番線への行き方?」
「はい、分からなくて……」

突然声をかけたというのに、モリーは私にもハリーにも、嫌な顔一つせずに教えてくれる。

「大丈夫よ。うちのロンも今年からホグワーツに入るの。行き方わね、9番線と10番線の間の壁に向かって行くの。怖かったら小走りで行きなさい」
「ありがとうございます」

教えてもらった入り口の壁に向かって駆ける。通り抜けられるとわかっていても、やっぱり少し怖くて小走りになった。
そして、壁にぶつかる──と思った次の瞬間には、私の目の前に真っ赤な列車が止まっていた。吹き上がる蒸気の白とのコントラストがなんとも鮮やかで、思わず息を呑む。
初めからホグワーツと家を繋がず、特急に乗るようにしておいて良かったと心から思った。

手近なところで人のいないコンパートメントを見つけ、荷物を乗せて教科書を取り出した。明日からは2重生活が始まる。時間がある時に予習をしておいて損はないだろう。

「あの、ここ良いかな?」
「僕も良い?」

列車がキングスクロス駅を出発して少し、コンパートメントの入り口から2つの顔が覗いていた。間違いない、ハリーとロンだ。

「ええ、もちろん」
「ありがとう。僕ロン。ロン・ウィーズリー」
「アカネ・ミズシマよ」
「僕はハリー。ハリー・ポッター」

ハリーの自己紹介に、ロンは驚いた顔をして額の傷の有無を問う。それにハリーはなんてことのないように前髪をかき上げた。そこには確かに、稲妻型の傷がある。
そんな2人のやり取りを眺めていただけの私に、疑問を抱いたのはロンだった。

「君、ハリーを見て驚かないの?」
「私? どうして?」
「だってほら、あのハリー・ポッターだもの。もしかして知らないのかい?」
「ええまあ。私、自分が魔法使いだって知ったのも最近だし、普段は日本に住んでいるから……イギリスのことも魔法族のことも、よく知らないのよ」
「僕と同じだ。僕も、最近知ったんだ。自分が魔法使いの間で有名らしいって」
「ならロン、色々教えてちょうだいね」

本当は全て知っているけれど、それは彼らの預かり知らぬこと。ホグワーツへ行く前からこの2人と出会ったことの意味を考えさせられながら、汽車は私たちを運んでいった。



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