ミルククラウンを戴く

□入学許可証
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私には、誰にも言えない秘密がある。

私は、一度死んでいる。そして、その記憶を持ったまま、今の私として生きている。
パパにも、ママにも、お兄ちゃんにも話していない。もちろん、じいやにも、ばあやにも。そして、孝太郎にも。

今から11年と少し前、"私"は死んだ。
四肢はあらぬ方へ曲がり、骨が、内臓が飛び出し、頭部は半分以上潰れていた──と、もし"私"がその現場を見ることかできていたら言うのだろうが、あいにく、自分の死後の姿を"私"は知らない。ただ、物凄い衝撃と、焼けるような痛みと、そして徐々に失われていく意識の感覚が残っているだけ。
一番最後に見た景色は窓の向こうに広がる雲海で、それを最後に記憶が途切れている。その事実から、あの日乗っていた飛行機が墜落しただろうことは、想像に難くなかった。

今世の家族は一般的な家庭より少し裕福で、けれど普通の家庭だった。
パパとママと、10歳年上のお兄ちゃんがいる。忙しい両親の代わりに執事であるじいやと、家政婦であるばあやが家を切り盛りし、私たち兄妹を育ててくれた。もちろん、パパとママからも愛されて育った。
父親同士が親しい幼馴染の孝太郎とは、同い年ということでよく遊ぶ仲だし、家族仲も良好だった。

私が、"私"の秘密を打ち明けられないこと以外は。

けれど、道行く人の誰もが、普通は「隣にいる人が実は前世の記憶を持っているかもしれない」なんて思って生活しているわけじゃない。私の秘密は秘密として、この先も誰にも告げるつもりはないが、誰かに告げる必要もないはずだった。


この手紙を、受け取るまでは。

親愛なるミズシマ殿
このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。
新学期は9月1日に始まります。7月31日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。
敬具
副校長 ミネルバ・マクゴナガル


「……ホグワーツの、入学許可証……?」
「いかにも。朱音、君は魔女じゃ。ホグワーツで魔法を学んでみる気はないかね?」

私の目の前にいるのは、三日月型の眼鏡に長く白い髭を携えた老魔法使い。そしてこの手に握るのは、今しがた渡されたばかりの薄茶色の手紙。内容は見ての通りだ。

ホグワーツ。その名に聞き覚えがないわけじゃなかった。むしろよくよく知っている。
前世で好きだった児童書に出てくる魔法学校の名前で、当時は私も、その世界に憧れたものだ。けれどそれは、あくまでも創作の産物だったはずで、私の手に握られるようなものではないはずだ。
なのに、目の前の魔法使い──自身は校長で、アルバス・ダンブルドアと名乗った。しかも、普段ならこういったことを頼む森番は別の生徒を迎えに行っている為自分が来たという──が、偽物のようにも到底見えなかった。

「……私が、魔女? 本当に?」
「ふむ。……アカネ、君が怒ったり悲しんだりした時、不思議なことが起こったことはないかね?」
「それ、は……」

ここで「ない」と言い切れれば良かったのだが、なかなかどうして、心当たりがあり過ぎた。

前世の記憶があった分、私は周りの子供たちよりも大人びていたし、軋轢を生むことも少なかった。けれど同時に、大人に対しては物申すこともあったわけで。特に竹林のおじさん──孝太郎の父とは、孝太郎に対する当たりの強さからぶつかることがあった。
私の感情が昂った時、屋敷内からは陶器の壷や花瓶などが割れる音がよく響いていた。もちろん偶然で片付けられていたが、改めて指摘されると魔力の暴走と捉えられなくもないと思えてくる。

「つまりそういうことじゃ」

私が何も言わずとも、老魔法使いは優しくそう笑った。

「……朱音、お前はどうしたい?」

私の隣で、共にこの老魔法使いと対峙していたパパが言う。その目は私が魔女であるという事実を既に受け入れているようで、自分の親ながら、なんて器の大きな人だろうと思った。

「私……私、ホグワーツに行きたい」
「良かろう。わしの方で入学に必要なことの手配をしよう」
「でも!」

早速準備を、と今にも立ち上がりそうなダンブルドアに待ったをかける。

「でも、何かの?」
「……私、今の学校にも通い続けたい。……孝太郎を、1人にはしたくない」
「なるほどのう……日本とイギリスの時差を考えれば、不可能ではないが……」
「……お言葉ですが校長先生。朱音はまだ幼い。2校もの学校に通わせるのは、親として反対です」

ダンブルドアに苦言を呈するパパの声色は、真に私を気遣うものだった。その気持ちは嬉しいけれど、私の中身は子供ではないし、今の私には、どちらか1つを選ぶことなんてできなかった。
魔法を学んでみたいという好奇心。厚かましくも、孝太郎と共にいなければという使命感。たとえそれを、孝太郎が望んでいなかったとしてもだ。

「パパ、ありがとう。でも、私なら大丈夫よ。小学校は今まで通り通って、ホグワーツへは、夜間学校に行くと思えば良いんだもの」
「まあ……確かに、朱音は颯斗よりしっかりしているところがあるが……」
「絶対に無茶はしないわ。自分の限界は、ちゃんと分かってるから」
「……分かった。お前が学びたいと言うのに、止める権利は私にはないな」
「決まりじゃな」

そうして9月から、昼間は今まで通り日本の学校へ、夜間はイギリスにあるホグワーツへと通うことになった。
ダンブルドアの計らいで寮に1人部屋をもらい、自室の暖炉と自宅を煙突飛行ネットワークで繋いで貰えることに。これでいつでも日本とイギリスを行き来できるようになる。

「ではアカネ、8月31日に迎えに来よう」
「はい、ダンブルドア先生!」

驚いたことに、私が生まれ代わったのはただの日本じゃなく、魔法界がある日本だったらしい。しかも、森番──ハグリッドが迎えに行く生徒がいる年となると、原作が始まる年の可能性が高い。



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