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□戦場のポラリス
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02.初陣


「順を追って説明しよう」
「ええ」

恐怖心に抗いつつ発した言葉は、思いのほかあっさりと少女に届いたらしかった。
検査会場から応接間に場所を移して、少女と2人きりで向かい合う。一度深呼吸で気持ちを落ち着けた。

「我々は時の政府。この国の国家機関の一つで、その目的は歴史改変を阻止することだ」
「歴史改変? 過去を変えるってことよね?」
「ああ。歴史修正主義者と名乗る者たちが時間遡行軍という部隊を過去へ送り、歴史的に重要な人物を暗殺するなどして、過去を変えようとしている。過去が変われば、今が、未来が変わってしまう。それを阻止することが我々の使命だ」
「へえ……話はなんとなくわかったわ。つまりは、その時間遡行軍とやらを倒せばいいのね」
「そうだ。そして、時間遡行軍に対抗できる刀剣男士を率いる者を、審神者という。先程も話したが……、審神者とは、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技を持つ者。刀剣に付喪神としての人の姿を与え刀剣男士とし、時間遡行軍との戦いへ送り出す。そのほか、刀剣男士の管理諸々をしてもらいたい」

詳しくはこれに、と書類の束を彼女へ渡す。しかし彼女は、表紙に書かれた「機密」の文字だけを見やって、それをめくることはなかった。

「中を読まないのか?」
「必要ないわ。それより聞きたいことがあるのだけど、その時間遡行軍って、刀剣の付喪神にしか倒せないものなの?」
「いや、通常の武器でも傷をつけることはできるが、あまり効果が高くない。そこで我々は刀剣男士の力を借りているというわけだ」
「高くない、ねえ……」

私の言葉に思案顔になった彼女は、次の瞬間、思いも寄らなかった一言を発した。

「連れて行って」
「……は?」
「だからその、時間遡行軍とやらが現れる場所によ。私にも倒せるのか試してみたいわ」

この娘は、何を言っているのだろう。先程までの私の説明を、聞いていなかったわけではあるまいに。
それが、彼女へ抱いた正直な感想だった。

「……説明が足りなかったようだが……刀剣男士はどんな傷を負っても、審神者による手入れで元の状態まで回復できる。その上、刀剣男士一振り一振りは分霊、つまり本体の分身のようなもので、本体が破壊されない限り再度作り出すことが可能だ。もちろんその刀剣男士として生きた記憶は受け継がれない別の個体だが、ある種、替えのきく存在」

刀剣男士をこう表現することは、私の本意ではない。ない、が……それが紛れもない事実であり、現実である。

「だが我々人間は、審神者は違う。人間の命は有限で、その上、審神者になれる者は一握りに限られている。刀剣男士の攻撃が時間遡行軍に対して非常に有効であることを除いても、我々は人ではなく刀剣男士に討伐を要請するだろう」
「だから?」
「……何?」
「それと私が戦場へ出ることと、何の関係があるのかって聞いてるのよ」
「……」
「私は私の力が刀剣男士に劣るとは思っていないし、少なくとも今、彼らを使おうと思えるほど信頼してもいない。刀剣男士を率いて戦えと言うのなら、もちろんそれを呑んでもいいわ。けれど、私は前線に立つ。それが条件よ」

自分の力を過信しているのか。
時間遡行軍の強さは、最初、まだ刀剣男士という存在を見出す前、彼らと相対した我々政府が良く知っている。奴らの力を知らず、それでいて彼女は、自分の力を疑いもしない。
けれど、その目には何とも形容しがたい力が宿っていた。その目を見ているだけで、それが真実なのだと思わされるほどの力が。

自ら前線に立つ審神者。それは前代未聞の審神者の形。けれど、それが成り立つほどの力を彼女が持っていたとしたら──。

「……それならば、我々としても呑んでもらいたい条件がある」
「……何?」

長いこと解決できず、諦めかけていたあの本丸を、彼女に任せられるかもしれない。

「……以前、審神者が解雇された本丸がある。未だに後任が決まらないその本丸に、新たな主として就任してもらいたい」
「……いいわ」
「交渉成立だ」

早速彼女を最初の合戦場である函館へと送り出した私だったわけだが、数十分後には唖然と立ち尽くすしかできなかった。
刀剣男士が有効な攻撃手段。それを言い出したのは、一体誰だったかと考えるくらいには。

彼女は決して、自らの力を過信していたわけではなかった。それを証明するかの如く、どこからか現れた鎌によって一瞬で斬られた短刀と脇差。
力の差は歴然。息一つ乱すことなく、一薙ぎで敵を殲滅するその姿は、そこにいることが当たり前だと思わされるほどだった。

「……これを。審神者としての契約書だ」

翌日。
無傷で戦場から帰還した彼女に、政府を通じて用意した契約書を渡す。そこには、時間遡行軍を殲滅した彼女からの要望もしっかりと記載されていた。

「君は後任審神者として、ある本丸を引き継ぎ、今後本丸の統括を行う。本丸とそこにいる刀剣男士の管理、そして、合戦場への出陣を行う。審神者自らが出陣した際、各合戦場のボスを殲滅する度に、月給の5分の1を追加報酬として支払う」
「……問題ないわ」
「ここに署名と、血判を」
「ええ」

サラサラとペンを滑らせる彼女は、しかし、記号のようなものを書き連ねた。そして、またもやどこからか透明なナイフを取り出し、右手の親指を傷つけると血判を押した。

「……、これは……」
「ああ、言ってなかったけれど……私の名はルリア=ナイトレイ。別の世界の人間よ」
「……は?」

既に交わされた契約書を前に、私はおそらく、この日一番の締まりのない顔をしていたことだろう。



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