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□血染め桜-bloody cherry-
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01.洋装の少女
それは、俺たちが壬生浪士組として京に残ってしばらくのこと。京に伝のない俺たちだったが、芹沢さんの口利きで会津藩の後ろ盾を得られる可能性が生まれた、そんな頃だった。
「うわあっ!」
中庭の方から聞こえてきたのは、上洛の折、芹沢さんが拾った男──井吹龍之介の声だった。井吹の声と重なるように、ドサリと何か重いものが落ちたような音も聞こえた。
そして、井吹の声に中庭へと駆けつけるいくつかの足音も。
「どうしたっ、龍之介!?」
「大丈夫か!」
ドタバタと走りながら叫ぶようなこの声は、平助に新八だろう。続けて、原田の声も聞こえてくる。
「怪我ねえか……って、誰だ?」
「いてて……知らねえよ俺だって!」
どうやら井吹は誰かと一緒にいるらしい。
壬生浪士組はまだ組織というには不完全で、まさか間者が入り込むとも考え難い。だが、万が一ということもある。
書き物をしていた手を止めて庭の方へ出て行く。
「おい、てめえら、何を騒いでやがる」
「……いきなり空が光ったと思ったら、光の中から落ちてきたんだ」
仰向けで庭に倒れ込み、両手で上体を起こしたところといった井吹と。その上に同じく仰向けに倒れ込む、女の姿があった。
井吹は本当に何が起きたのかわからないといった風で、女がいる訳を原田へ返す。しかし、それを額面通り聞き入れてやることはできない。
その女はまずもって、そのなりかたちから怪しかった。
伏せられた瞳の色は知れないが、その長い髪は白銀で、明らかに異人の色だった。歳をとって色が抜け落ちた類いの白髪ではなく、日の光で輝くそれは、生まれ持っての色なのだろう。
その身に纏う衣は洋装のそれで、黒を基調とした色合いの中、腿から膝までむき出しにされた脚が余計に白く見えた。
「うわっ、何て格好してんだこいつ!」
女の格好を改めて認識した井吹や平助、新八たちが騒ぎ出す。騒ぎを聞きつけた近藤さんや山南さんまでやってきて、終いには芹沢さんまで。
「……何だ犬。犬の分際で、一丁前に女を連れ込んだか」
「なっ、違えよ! こいつが勝手に降ってきたんだ!」
「ふん、どちらでも構わん」
井吹が連れてきた女には興味がないのか、芹沢さんは状況の確認ができると帰って行った。
「井吹、とりあえずそいつを運べ。原田、手伝ってやってくれ」
「ああ」
いつまでも女を井吹の上に乗せておくわけにもいかない。集まってきていた奴らを解散させ、女は拘束して目覚めるのを待つことにした。
女が現れてから早半日。日が沈み始め、辺りが茜色に染まっても、女が目を覚ます気配はなかった。
眼下には、手足を拘束された状態で布団を掛けられた女。今は隠れている布団の下、膝まである履物を何とか脱がせた時に覗いた脚に、どれほど貞操観念の低い奴なんだと呆れたのは記憶に新しい。
それにしてもこの女、本当に眠っているのだろうか。もしや既に意識は戻っていて、様子見のために寝たふりを続けているのではあるまいか。
……その可能性は、ある。ならば、確かめなければならないだろう。
「……てめえ、いつまでそうやって寝たふりを決め込むつもりだ? てめえがとっくに起きてることも、俺たちの様子を窺ってることもわかってんだ」
「……」
「このままだんまりってんなら、俺にも考えがある」
腰に差した刀を抜き、女の頭上で静かに構える。そして女へ殺気を送ってみるも、気配を感じることもできないのか、女はピクリとも動かない。
……本当に、寝ているのか。いや、迷ってる暇はねえ。
「いいんだな? ……そうか、」
刀を振り上げて最終確認。それでも一切の反応を示さない女に向けて、俺は刀を振り下ろす。
「死ね!」
……のを、寸前で止めた。女に当たる、ほんの少し上で。
風圧で前髪が舞い上がったが、女は眉ひとつ動かさない。さすがに起きるだろうと頬を抑え目を開かせてみたが、それでも女が反応することはなかった。