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□prologue
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古い物好きの知人から、あるリングの存在を聞いた。曰く、異世界へ行くことができるのだという。

異世界とは文字通り、この世界とは異なる世界を指す。
存在するかもわからない異世界へ行くことなど到底不可能で。しかし、ある能力者がその不可能の実現に躍起になった。

念能力を強化する方法の一つに制約と誓約がある。能力の使用にルールを作る制約と、それを遵守する誓約。どちらも厳しく定めることで、念能力は飛躍的に強化される。
つまり、代価があることで念は強くなる。

リングを作った能力者は、代価として自らの命を捧げた。命をかけるだなんて全く馬鹿げていると思うが、その甲斐あってか、能力者の死と引き換えに完成したリングは、一度だけ人を異世界へと飛ばす力を宿していた。
このリングを使って飛べる世界は決まっており、それも制約の一つらしい。ただし、未だ嘗て誰もリングを使ったことがなく、飛んだ先がどんな世界なのかは誰にもわかっていない。

「さて、次にご紹介致しますのは、世にも珍しい念が込められたリングでございます。このエヴィのリングは、世界を渡るリングとも呼ばれており、その名の通り、異世界へと渡ることができるのです!」

オークション会場に、仰々しく品物を紹介する司会の声が響いた。

暗殺依頼のターゲットも参加しているオークション。そこにこのリングが出品されると知ったのは、今回の依頼を受けた後だった。
オークションに出される品物が載ったカタログを見ながら、ターゲットが参加するだろう時間帯を確認していた時、隣からカタログを覗いたクロロが言ったのだ。

「……エヴィのリングか」
「エヴィのリング? 何それ」
「100年ほど前、エヴィ=ヒューストという念能力者が作った、異世界へ行けるリングだそうだ」

エヴィ=ヒュースト……記憶を辿ってみたが、私には聞き覚えのない名前だった。

「完成の代価に奴は死に、どこへ行けるのかも、そもそも本当に異世界へなど行けるのかもわからない。だが、エヴィのリングは確かに完成したと言われている」
「へぇ……100年も経ってるのに、まだ使われてないの? 使えるのは1回きりなんでしょ?」
「ああ。さすがに、使おうとまで思う輩はいないらしいな。……何だルリア、もしかして興味があるのか?」
「まあね。ここも悪くないけど、異世界っていうのも面白そうだもの」
「そうか。……お前なら、どこへ行ってもやっていけるだろうな」

最後、微かに笑いながらそう言ったクロロとの会話が思い出される中、オークションは進んでいく。

「エヴィのリング、85番の2億6千万ジェニー以上はありませんか!」
「3億ジェニー」
「おっと、ここで121番、3億ジェニー出ました! ほかありませんか!」

声を張り上げながら会場を見回した司会が、オークションハンマーを振り下ろす。木槌の音が響き、エヴィのリングは落札された。
121番(ターゲット)が落札するのは予想外だったが、殺す人数が減りむしろ好都合だ。
アンティーク時計の収集家であるターゲットは、その後出品された時計を2つ程落札して会場を後にした。

血の海に倒れた男の荷物からリングケースを取り出し、中身を確かめる。時計収集家である彼が何故か求めたリングが、そこには確かに存在していた。

「……さて、と」

リングをケースから取り出して左手の薬指にはめる。
このリングの使用方法は諸説あるが、最も信頼のおけるハンターサイトによれば、リングを左手薬指にはめた状態でオーラを与えるというものらしい。方法は至極簡単だが、それ故にリスクもある。

どんな世界へ飛ぶのかわからないというのも1つだが、使用者にとって一番のリスクはオーラを持って行かれることだ。
エヴィが払った代価は、このリングを完成させる為のもの。使用には、また別の代価が必要になる。
それが使用者のオーラ。ある意味では、使用者の命と言い換えることもできる。

オーラは生命エネルギーそのものであり、その枯渇は死を意味する。つまり、リングが必要とするオーラの量よりも自身の持つオーラの量が少なければ、異世界へ渡る前に死ぬということ。
ご丁寧に、左手薬指という指定までついている。これは、左手の薬指が心臓に繋がる指、命に最も近い指だという説に基づいている。より効率よく使用者からオーラを吸い取ろうという考えの下に、エヴィが加えた制約の1つだろう。
このオーラの制約故に、100年もの間、誰にも使われず今に至るのだとクロロは語っていた。

世界を渡ろうというからには、それ相応のオーラを持っていかれることは想像に難くない。そして、オーラを奪われた後、飛んだ先の世界で生き延びられるかわからないというのもリスクの1つ。
飛んだその先の場所が、殺されそうな戦場の真っ只中かもしれない。はたまた、高度数万メートルの上空や、光の届かぬ深海かもしれない。
そんな場所へ飛ばされた時、念能力の源となるオーラが尽きかけていたとしたら、そこで命は終わるだろう。

最も、そんなことで使用を中止するほど、この世に未練を残すような生き方はしていないのだ。強いて言えば、二度と悪友たちに会えないことを寂しく思わなくもないが、未知の世界への興味の方が断然上だった。

世界を繋ぐ命の環(コネクトリング)。……、っ!」

能力を発動させた途端、ものすごい勢いでオーラが吸収されていくのが感じられた。例えるなら、そう、掃除機を向けられているかのような感覚。
全身から指輪へオーラが集まっていく。左手の薬指を通して、体の中心から直接オーラを持っていかれている感覚もある。
想像以上の吸い込みに右手で胸元を押さえた時、足元がフッと消えるような感覚と共に、意識が白く染められていった。


***

続きは拍手にて。ver.刀剣、ver.薄桜鬼公開中。



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