プラネタリアの結晶

□3人の患者
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ブラック捜査官が、組織の人間の可能性のある人物を3人ピックアップして戻ってきた。けれど、現時点の情報では誰がスパイか判断はできない。そこでボウヤがそれぞれへ接触を図ることになった。

1人目は急性腰痛で入院した西矢忠吾。
部屋に入ってくるなり転んだボウヤの携帯を膝をつきながらしゃがんで拾い、差し出してくる。電話のかけ方についてはデジタル音痴でわからないという。
ボウヤがカーテンを開け閉めすると、鼻をつまみながらくしゃみをしていた。

2人目は頸椎捻挫で入院した楠田陸道。
西矢と同じようにボウヤの携帯を膝をついてしゃがむことで拾う。こちらは携帯を使える人間で、少し見て電池が入っていないことにも気づいた。
ボウヤは最後、ベッドサイドに置かれた缶コーヒーの空き缶を全て床に落としてから病室を出た。

3人目は右足骨折で入院した新木張太郎。
彼は唯一ボウヤの携帯を拾うことを拒んだ。
ボウヤが虫がいると嘘をついて広げさせた病衣の下、鎖骨の下辺りには皮膚が出っ張ったようになっていた。

……なるほど。確かにこの方法なら、仮病の人間も携帯の扱いができる人間も特定することが出来る。
そして、見張りをつけなければならない人間は彼に決まりだと言うわけだ。

「ねえシュウ……本当に1人でいいの? 見張りをつける容疑者って」
「ああ。このボウヤが割り出したくれたからな……」

未だわかっていなさそうなスターリング捜査官とブラック捜査官に、秀一とボウヤが先ほどの探りの意図を説明していく。
腰痛に響くくしゃみを我慢した西矢は仮病ではないし、ペースメーカーを埋め込んでいる新木には携帯でボスへメール打つことは叶わない。
とするならば、残るはただ1人。

頸椎捻挫で入院中の、楠田陸道だと。

「……何か気になることでも?」
「え?」
「ボウヤ、何か言いたそうな顔をしてるわ」
「そうかなあ? 何でもないよ」

楠田の様子を伺いながら、その身柄の確保と水無怜奈の移送の件を話あう秀一たちの後ろで、ボウヤは何やら考え込んでいる様子だった。


その日の夜、とうに消灯時間も過ぎた頃。私たちは控え用の病室で、楠田に付けた見張りからの連絡を待っていた。

念のためと展開していたオーラの円の中、楠田の部屋で動きがあった。部屋の中いた楠田が外へ出ていく。外にいた見張りの1人がその場を離れ、こちらへ報告に来るのが分かった。

「秀一、楠田が動いたわ」

報告に走っている彼には申し訳ないが、FBIの見張りを付けるより私が円で探知した方が早い。

「どこへ向かった」
「……ナースステーション。入院患者の情報を探りに行ったとみるべきね」
「行きましょう!」
「ああ」

私の言葉を聞いて真っ先に出ていった秀一。スターリング捜査官がそれに続こうとブラック捜査官を振り返る。彼もまた、その言葉に頷いて病室を出ていった。

「ルリアさんは行かないの?」
「ボウヤこそ」

病室には私と、それからボウヤが残されている。

「ねえ、今どうして楠田が病室を出たってわかったの? FBIの見張りの人、まだ来てないよね」
「私、気配には敏感なのよ」
「でも、この部屋とはかなり距離があるよね。階だって違うし……」

本当に目ざとい子供だ。秀一は知っているとして、他のFBI捜査官ですら気にかけていなかったというのに、このボウヤはそれに疑問を持った。
以前のバスジャックでの行動力を見ても、やはりこの子は只物ではない。

「それより良いの? あの男、ナースステーションを飛び出して行ったみたいだけど」
「え!? それほんと!?」

私に向けられていた興味の視線が、一瞬にして驚きのそれに変わる。

「ええ。病室の方向とは違うわね……救急の方へ向かってる。あそこから外に出る気かもしれないわ」
「FBIの人たちは?」
「外にいる人たちは、ほとんどが楠田の病室の前辺りに集まってる。一度病室に戻ると踏んでるのかもね。……ああでも、1人だけまっすぐ車へ向かってるわ」

病院の中と外から楠田の病室へ向かう人の中、1人だけいち早く外へ向かおうとする影が一つ。あれは間違いなく、秀一だろう。

「それって……」
「十中八九、秀一でしょうね」
「わかった! ありがとう!」

それだけを叫ぶように言って、ボウヤは病室を飛び出して行った。向かう先はもちろん、車で逃走を図る楠田を追う、秀一の元。
しばらくの後、窓の外を見れば、楠田が乗っているだろう車とそれを追うシボレーが確認できた。


秀一や出ていった捜査官たちが戻って来ると、控え室はにわかに騒がしくなった。
なんでも、秀一とボウヤが追いかけていった先で、楠田が拳銃自殺をしたらしいのだ。これで、組織に水無怜奈の居場所が知られてしまったというわけだ。

「移動ですよ、移動! 組織に知られてしまった可能性がある以上、ここに留まる意味はありません!」
「だがなあ。移動先の病院も決まっていない状態で、昏睡状態の彼女を闇雲に連れまわすのは……」

水無怜奈の移送を提案するスターリング捜査官に、ブラック捜査官が言葉を濁らせる。秀一も、ブラック捜査官を援護した。

「それに今動けば、途中でハチの巣にされかねない。裏のエリアを警戒していた捜査官が、隣のビルの屋上に不審な人影を視認している。……ルリア、お前にも見えてるんだろう?」
「ええ。ざっとわかるだけでも、この病院を囲むようにそれぞれの位置に誰かがいる。中には……そうね、ライフルを構えているスナイパーも混じってるわ」
「そんな! じゃあ組織はもう……」

そう、組織に人間には、この場所がばれているとみて間違いない。
だが現状、水無怜奈の移送はできない。病院関係者を巻き込まないためには、院長たちへ話をすることもできない。

この状況を受け入れるしかないのかと問うスターリング捜査官に、しかし、秀一は不適に笑みで応えた。

「ただ待つんじゃない。引くんだよ」
「引くって、彼女を置いて逃げるってこと!?」
「いや、引くのは手薬煉だ。迎え撃とうじゃないか。はぐれた仲間を連れに来た、黒い狼共を……」

同僚たちにそう言う秀一の横顔からは、既に、奴らを迎え撃つための策が寝られているように感じられた。



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