プラネタリアの結晶
□報告-病室にて-
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「ジェイムズ、報告があります」
朱音からイーサン・本堂の情報を入手した後、俺は病院の一室にいたジェイムズの元を訪れた。
FBIが控え室のように使っているその病室には、ジェイムズ、ジョディ、それから数人のFBI捜査官。部屋の中に入り、そして朱音も入室したことを確認して後ろ手に扉を閉めた。
「ちょっと、シュウ!」
最近に朱音の存在を咎めたのはジョディだった。まあ、明らかにFBIでない人間を連れて来たんだ。当然の反応だろう。
こちらに詰め寄りそうな彼女を制し、ジェイムズが朱音を一瞥して俺を見やる。
「赤井君、彼……いや、彼女は? 君がここに連れて来るくらいだ。それなりの理由があるんだろう?」
「ええ、もちろんですよ」
一歩左へ寄り、俺の斜め後ろにいた朱音の隣へ並ぶ。そうして彼女の背を軽く押した。
「彼女はルリア・ナイトレイ。情報屋で、私の協力者です」
「情報屋?」
「ええ。この男のことを調べて貰っていました」
ボウヤからのものだと、ジョディが転送して来たイーサン・本堂と息子の少年の写真を携帯画面に表示する。
「それって……! まさか、分かったの!?」
「ああ」
ジョディもジョディで、あちこちのツテを使ってイーサン・本堂のことを調べていた筈だ。だが、この様子を見るに、やはりまだ見つけられてはいなかったらしい。
「それで、彼は何者なのかね?」
「彼はイーサン・本堂。CIAの諜報員でした」
イーサン・本堂がCIAに入り、日本に渡り、そうして4年前に廃倉庫で殉職した経歴を順を追って説明した。これらは全て、先程俺が朱音から聞いたことである。
「……なるほど、情報屋というのは本当のようだ。だが、」
俺が提示した本堂の情報には納得した様子のジェイムズ。
けれど、説明が終わるとその視線は再び俺から朱音へ向けられ、そこから動くことがない。深く被ったフードに隠された、朱音の目を見ているのだろう。
「我々は、彼女のことをよく知らない。その情報の正確性を見極めねばならない」
「そう思うのも当然です。ですが、彼女の身元は私が保証します」
「君がかね?」
「ええ。……ルリアが、私を裏切ることはあり得ません」
朱音の為人が分からないと言うジェイムズに対して、キッパリとそう告げた。
左手の親指を上に、人差し指と中指を揃えて前へと伸ばし、薬指と小指を折る。片手で拳銃を形作ると、それを真っ直ぐに朱音へ向ける。
「もし今、私が彼女に銃を突きつけたとして。その死が私の為になると言えば、彼女は一切の抵抗をせず撃たれるでしょう」
手の平の拳銃を解き、今度は朱音の手首を掴み上へ掲げる。
「またもし、彼女が組織に捕らえられたとして。その身から私ヘと繋がる何かが見つかる前に、迷わず、自ら命を断つことを選択するでしょう」
そう、そんな状況に陥れば、迷わず朱音はそうするだろう。何と言っても、既に前科がある。
「……もちろん、そんなことを言うつもりも、彼女を奴らに奪われるようなヘマをするつもりもありませんがね」
これで、伝わっただろう。朱音は決して俺を、ひいてはFBIの不利益になるような行動は取らない。
暫く俺たちを見つめていたジェイムズが、長く深い息を吐いた。
「……君の言い分は分かった。彼女は信頼に足る人間のようだな」
「もちろんです」
「ちょっと待ってください、ジェイムズ。信頼すると言うのなら、せめて顔を見せるべきかと」
割って入ったのはジョディだ。ジョディの言も最もだが、そこは恋人としての俺の譲れない部分だった。
「それはできない」
「どうしてよ?」
「彼女は普段、一般人としてこの街で暮らしている。俺たちFBIの関係者だと分かれば……その後、どうなるかは分かるだろう」
「……分かったわ」
渋々といった体ではあったがジョディも納得し、晴れて朱音の情報は採用されることとなった。
「では改めて。私はジェイムズ・ブラック、赤井君の上司に当たる」
「……ルリア・ナイトレイよ」
そこで初めて、朱音がFBI捜査官たちに向かって口を開いた。その声から分かる若さに、多くの捜査官たちが驚いた表情を見せる。
「! これは……随分と、若い情報屋さんのようだ」
「年齢と能力が比例するとは限らないわ」
「なるほど、確かにそうだ」
ジェイムズは朱音の言葉に笑みを浮かべながら手を差し出し、朱音もその手を取った。
ジェイムズを残して、捜査官たちは病室を出てそれぞれの持ち場ヘ戻っていく。最後に部屋を出ようとした俺を、ジェイムズが思い出したとばかりに呼び止めた。
「そういえば赤井君、君たちの関係だが……」
「ああ、彼女は私の……まあ、そういうことですよ」
「……そうか」
「ええ」
彼女は、朱音は俺の恋人だ。
俺の過去を知っている上司。背後から聞こえた彼の最後の声は、どことなく暖かいものに感じられた。