プラネタリアの結晶

□報告-屋上にて-
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年明け。12月半ばに貰った秀一からの依頼を完遂した私は、早速と電話をかけた。

「俺だ」
「秀一、あの男を見つけたわ」
「フッ、流石だな」
「会って話せるかしら?」
「ああ。場所はどうする?」
「そうね……」

秀一は12月から、基本的にずっと病院に詰めている。組織にも顔が割れている男だし、水無怜奈を匿っている以上、あまり出歩くのは得策ではないだろう。

「私が行くわ」
「そうか。なら、屋上へ来てくれ」
「ええ。ところで、どこの病院なの?」
「ああ、そう言えば言ってなかったか……杯戸中央病院だ」

杯戸中央病院なら、移動はバイクか。
男の調査結果が表示されてパソコンの画面を落とし、そんなことを考える。通話を切ろうとしたところで、秀一から待ったがかかった。

「何?」
「一応、顔が割れないようにしてきてくれ。まだお前(朱音)を、FBIに紹介する気はないんでな」
「ん、了解。……なら、男装も必要?」

今回は、ルリアではなくレイの方で行った方が良いのか。そう問うも、それには否が返ってきた。

「いや、ルリアで良い。……朱音を出す気はないが、お前との関係を隠すつもりもない」
「っ、それって……」
「まあ、そういうことだ」

普段素顔で生活する私と、組織の目がどこからともなく向けられているだろう現状の自分の関係は隠す。けれど、私と自分の関係性そのものを隠す気はない。……つまり秀一は、ただの情報提供者としてだけでなく、FBIの仲間に私を自分の恋人として紹介するつもりだということ。
あの日、もう二度と独りにはしないで欲しいと願った私の言葉を、違えることなく覚えてくれていたのだ。

「……ありがと」
「ああ。早く来い」
「ええ」

また後で。そう言って通話を切り、インナーの上から黒のパーカーを羽織り、黒のスキニーパンツにショートブーツを合わせた。黒のヘルメットを被ると、バイクに飛び乗って杯戸中央病院へと向かった。


杯戸中央病院。予め見ておいた院内の見取り図の通りに上階へ向かうと、屋上の扉の向こうに人の気配があった。
気配は1つのみ。それ以外、この屋上へと繋がる階段へ近づく者もいない。ドアノブの手をかけ捻れば、それは抵抗することもなく回った。

「……来たか」
「ええ、何だか久しぶりね」

扉の向こうにいたのはもちろん、赤井秀一。FBIの捜査官で、元黒づくめの組織の一員で、私の恋人。

「早速だが、報告を聞いても良いか」
「ええ。……貴方から送って貰った写真の男だけど、」

携帯を取り出し、転送された親子の画像を表示して秀一へ向ける。

「ああ、」
「貴方の言う通り、カンパニー──CIAの人間だったわ」
「そうか」
「イーサン・本堂、日系二世のアメリカ人。30年前にCIAへ入り、27年前に来日、結婚。そして4年前に殉職」
「殉職?」

イーサン・本堂の経歴を述べていくと、秀一が「殉職」の言葉に反応を見せた。

「そう。彼はもう、この世にいないのよ」

時は4年前、場所は横浜の廃倉庫。そこを根城にしていたホームレスの男が知っていた。
銃声で目が覚めたホームレスが見たのは、階下に倒れた男と銃を握る女。そこへ長身長髪の男とサングラスをかけたガタイの良い男がやってきて、女は彼らに訴えた。男の手首を噛み砕き、銃を奪い、顎の下から撃った。私は何も喋っていない、と。

「3人が去った後、やって来た別の男が死体に向かって"本堂"って言ったそうよ」
「なるほど。だが、決定打に欠けるな……そのホームレスに、写真を見せて確かめるべきだ」

名前だけでは、本当にその死体がイーサン・本堂かはわからない。「本堂」という名前の人間は彼1人ではないのだから。
けれどもちろん、その点の確認も怠ってはいない。

「そう思って確かめて来たわ。彼は、確かに写真の男だ、と。4年も前のことだけど、目の前で撃たれたのはよほど衝撃だったんでしょうね……」
「そうか。ならやはり、イーサン・本堂は死亡しているのか」
「ええ。それからもう一つ」

4年前に廃倉庫で死んだ男がイーサン・本堂本人と確認した際、様子のおかしかったホームレスを問い質してやっと聞き出したことがある。

「イーサン・本堂を撃ったその女、アナウンサーの水無怜奈に瓜二つだったそうよ」
「ホォー……」

姉を探す本堂瑛祐。本堂瑛祐の父、イーサン・本堂は水無怜奈に瓜二つの女に殺された。
もし、水無怜奈と本堂瑛祐の姉が同一人物ならば、水無怜奈は自身の父親を撃ち殺したことになる。

「水無怜奈は、娘になりすまし、CIAからのスパイであるイーサン・本堂を殺した組織の人間か、」
「実の父を殺した娘か、ね。面白くなってきたわ」

まあ、組織に入るくらいの人間だもの。何かしらの理由で後者であることも十分に考えられる。

「朱音、助かった」
「大したことじゃないわ」

今回依頼された情報を調べる為に、苦労がなかったとは言わない。仮にも対象はCIA捜査官──スパイだったのだから。
けれど、これが組織を壊滅へ追い込む一手へと繋がるのなら本望。

「いや、FBIじゃこんなに早く調べられなかったさ。……報酬は?」
「……そうね。なら、」

そう言ってくれるなら、たまには素直になっても良いだろうか。水無怜奈拘束以降、秀一とも会えていなかったわけであるのだし。
秀一に向き直って、その首を両腕を回す。そしてその目を真っ直ぐに見つめた。

「秀一、貴方が欲しいわ」
「フッ……ああ、お安い御用だ」

そのまま距離を詰め、誰もいない屋上で、2人の影が1つに重なった。



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