プラネタリアの結晶

□円の距離
1ページ/1ページ


今回組織のターゲットになっている土門康輝。彼の死亡報道がネットのどこを見てもまだ出て来ない。加えてSNSには、杯戸公園でインタビューを受ける彼と接触したという有権者の投稿もあることから、まだ殺されてはいないようだった。

目的のビルへと到着した私たち。近くの駐車場へ車を止め、降りようとした所でフードが被せられた。

「まだ奴らに、お前の存在の知られることは得策ではない」
「……そうね。ありがと」

長い髪を緩く纏めて服の中へ。フードも被れば、多少サイズが大きいことを相まって、遠目には性別さえもわからないだろう。

「行くぞ」
「ええ」

ライフルケースを担いだ秀一の後を追って、タブレットを片手に私も車を降りた。

ビルの屋上へと上がると、周りの建物よりも頭一つ抜きん出たその場所からは周囲がよく見渡せた。毛利探偵事務所の入っているビルとその向かいのビルも、650メートルほど先に捉えることができる。

「……これが、秀一の間合いなのね」

飛び道具も使えるが、どちらかと言えば接近戦の方が得意な私の間合いはそれほど広くない。これが秀一がいつも見ている景色なのだと、なんとなく感慨深くなる。

「朱音」
「何?」
「奴らが近づいて来たとして……ここからわかるか?」
「……流石に事務所までは無理ね。最大限集中して、半径500メートルってところかしら」

今世、死にものぐるいで極めた念能力。
その1つ「円」は、基礎となる四大行の1つ目「纒」の応用技。自分の周囲に薄く丸くオーラを広げることで、その円の中にあるものを肌で感じることができる。
円の広さは人によって異なり、達人にもなると半径数100メートルの円を作れるものもいるという。前世はせいぜい100メートルほどだった私の円は、今世では500メートルまでと驚異的な広さになった。
通常状態なら300メートルほどで、500メートルというのは、攻撃も防御もそっちのけで索敵のみに集中すればの値だけれど。火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、人間、死ぬ気になればなんとでもなるものらしい。

「遮蔽物がなければ肉眼で見えるけど、この都会じゃあね」
「そうか」

多くのビルが立ち並ぶ都心の町で、高層階からと言っても人を探すのは難しい。最もそれは相手方にも言えることで、特に、自分たちの存在を漏らすまいと狭まった視野でターゲットを仕留めにくる奴らにこちらが気づかれることはまずないだろう。
ほぼ間違いなく、奴らは事務所の向かいのビルを選ぶ。

「……集中するとどうなる」
「え?」

どこから現れるだろうかと事務所の周辺を見ていたら、不意に秀一の言葉がかかった。

「さっき言っただろう、最大限集中で500メートルだと。索敵だけに集中すると、周りへの注意が疎かになるのか」
「あ、うん、そんな感じ。周りへ気を配ったり、交戦中だったり、何かと並行するなら300くらい。……秀一が側でガードしてくれるなら、私も集中できて500いけるわ」
「そうか。なら500で頼む」
「! ……ん」

迷うことなく500と言い切った。それは、そういう意味だと捉えて良いんだろう。
壁に背をつけ、秀一の隣に座り込む。息を整え、目を閉じ、あらゆる思考を捨ててオーラの拡張に集中した。

毛利探偵事務所を、こちらを、探るような見張るような動きをする人間。目的地もなく彷徨うように走る車。明らかに普通ではない動きをするものや武器を所持しているものを感じ取ろうと集中していると、すぐ隣でライフルが構えられたのがわかった。
こちらを注視する影がいないことを確認し、すぐに円を300メートルに落として秀一の隣に立った。

「っ、はっ、……来たの?」
「ああ。当たりだ」

ライフルスコープを覗き込む秀一の視線の先。読み通り、探偵事務所の向かいのビルの屋上に黒服が5人。あれが、秀一の追う組織。
長い金髪の女はベルモットだろう。他に、男が3人、女が1人。情報にあったアナウンサー、水無怜奈の姿がない。

「水無怜奈がいないわ」
「ああ、確認が必要だな。……スナイパーの男がコルン、女がキャンティ。ガタイの良いのがウォッカ。あの長髪がジンだ」

ベルモットに、コルン、キャンティ、ウォッカ。そしてジン。ちなみに、水無怜奈はキールというコードネームを持つらしい。

おそらく盗聴器だろう。手元に向かってジンが話しかけ、コルンとキャンティが事務所の方へ銃口を向けている。
しかし2人のライフルから弾が発射されることはなく、俄かに屋上が騒がしくなる。ジンの持つ拳銃の先が、ベルモットへと向けられていた。

「……仲間割れ?」
「どうだかな。……朱音、隠れてろ」
「……わかったわ」

索敵をしていた時と同じように座り込む私の隣で、秀一はスコープを覗き引き金を引いた。
当たったのか、外れたのか。それを聞く間もなく2発目が放たれる。その一拍後、このビルの外壁が被弾する音が聞こえた。

「やっと会えたな……愛しい愛しい宿敵(こいびと)さん?」

満足気な秀一の声に、その表情に、こちらの弾が間違いなくターゲットに当たったことを確信する。

「……行った?」
「ああ。影は?」
「ないわ」

半径500メートル以内に、こちらを窺う、あるいは近づく影はない。奴らはFBIの追手を撒き、帰ったと見て良いだろう。

「……ジンって男と、因縁があるの?」
「ああ。組織にいた頃、少しな」

また話す。そう言ってライフルを片付け始めた秀一に、今日は何も語らないだろうと私も倣った。



次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ