プラネタリアの結晶

□偶然の産物
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デスクの上のスマホが振動する。断続的なそれは、着信を知らせていた。
画面を見れば、最近よく見かける11桁が。作業を中断し、着けていた手袋を外して通話ボタンをタップする。

「はい」
「俺だ。今良いか?」
「ええ。何かあったの?」

聞こえた声は想像通り。私の恋人、秀一のものだった。
一応聞き返しつつも、何かがあったのだろうことはわかっている。土曜の昼間から彼が電話をかけてくることも珍しいが、それ以上に、秀一の声のトーンがいつもと少し違う。

「ああ、奴らが動いた」
「! ……すぐ出れるわ。場所は?」
「いや、迎えに行く。家の前で待っててくれ」
「OK」

通話を切って、念のため顔隠しのパーカーを羽織って外へ。すると、道すがら電話していたのか、すぐにシボレーが家の前に着けられた。
助手席へ乗り込むと、またすぐに秀一は車を発進させる。

「……それで? 奴らが動いたってどういうこと?」
「ああ。ベルモットが医者になりすました頃から、その病院に頻繁に通ってる女をマークしていたんだが……その女、やはり組織の人間だったらしい」
「その彼女を捕えに?」
「いや。……彼女に着いている盗聴器から、今日、組織が衆院選に出馬する人間を殺害しようとしていることがわかった」
「組織の人間に盗聴器? それ、回収できなかったら自殺行為よ?」
「ああ、わかってる。……順を追って説明するが、」

ある女からピンポンダッシュの調査を依頼された毛利小五郎が、調査の一環で玄関扉に発信器と盗聴器を仕掛けた。事件は無事解決、犯人は女の寝坊を心配しただけの子供だったそうだ。
しかし、調査終了後、彼女の家に仕掛けたそれらを回収し忘れたことに気づく。慌てて引き返すも手遅れで、発信器と盗聴器は、偶然にも彼女の靴裏に着いてしまった。盗聴器を通して聞こえてきた電話の内容から、これまた偶然、彼女が組織の人間であることがわかったらしい。

「毛利小五郎も、運がいいんだか悪いんだか……」
「だがそのおかげで、今回の暗殺を阻止できるかもしれん」
「まあ、そうね。それで、その見つけたっていう組織の人間は誰なの?」
「水無怜奈だ」
「! 日売のアナウンサー……?」

前回のクリス・ヴィンヤードといい、今回の水無怜奈といい、秀一から伝えられる組織の人間は表で顔が知られている人物ばかり。
でも確かに、大女優やテレビ局のアナウンサーが仲間にいれば、どこかへ潜入したり、情報を掴んだりはしやすい。

「今からその暗殺現場に?」
「いや、そこはジョディたちに任せようと思う」
「? じゃあどこへ行くの?」

てっきりそう思っていたが、暗殺を阻止しに動くつもりではないのか。
それは仲間への信頼か。それとも、暗殺阻止以上になさねばならないことがあるのか。
さも当然だと言うように否定した秀一に疑問符を浮かべれば、彼は少しだけ口角を上げた。

「毛利探偵事務所だ」

それは、予想だにしなかった答え。思わずおうむ返しにしてしまう。

「毛利探偵事務所……?」
「ああ。正確には、毛利探偵事務所に来るだろう奴らを狙える場所、だな」
「! へえ、なるほどね」

私はその組織の人間のことはよく知らないが、つまり奴らの中にも、当然頭の切れる人間はいるということだ。仕掛けられた本人さえ気づいていない発信器と盗聴器に、気づけるほどの人間が。
もしかしたらその人物こそが秀一が追い続けている人、その人なのかもしれない。

暗殺を阻止できるか否かに関わらず、発信器と盗聴器が見つかれば真っ先に疑われるのは毛利小五郎その人で。そうしたら間違いなく、奴らは毛利小五郎を殺しに探偵事務所へとやって来るだろう。
早速場所を調べなければ。

持って来ていたタブレットを起動して、毛利探偵事務所の間取りと、その周辺の建物情報を表示する。ビルの2階にある事務所は、通りに面した側に窓が並んでいる。

「……探偵事務所の間取りからして、毛利小五郎を暗殺するなら通り向かいのビルが一番かしら。スナイパーとしては距離が物足りないでしょうけどね」
「ああ」
「それなら……このビルの屋上なんてどうかしら。それなりに距離はあるけれど、奴らが来るだろう場所を死角なく狙えるわ」

タブレットに毛利探偵事務所と向かいのビル、狙撃場所の候補を示して秀一へ見せれば、チラリと横目で確認して頷く。

「問題ない」
「決まりね」

この距離なら狙える、撃てる。
そう迷うことなく頷いた秀一が、狙撃場所に選んだビルへとハンドルを切った。



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