プラネタリアの結晶

□興味深い役者たち
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スターリング捜査官とクリス・ヴィンヤード、基ベルモットが対峙しているところから少し奥、コンテナの上で何かが動いた。

「……秀一、コンテナの上」
「! スナイパーか」

寝そべった状態でライフルのスコープを覗く影に、すぐさま秀一が反応する。この位置から狙えないこともないが、それはこちらの位置を知らせることにも繋がる。
さてどうするべきかと考える間もなく、ダァンッという音と共にスターリング捜査官の腹部から鮮血が散った。
これはもう、悠長なことを言っている暇はなさそうだ。ライフルを担ぎ直した秀一が動く。

「……俺は向こうへ行く」
「なら、これを持って行って。スナイパーの近くに放してくれるだけでいいから」
「わかった。後は頼む」
「了解」

秀一に2匹目の蝶型電波遮断器を渡す。仲間からベルモットを含むこの状況を伝えられても困るから。
秀一がスナイパーの元へ向かうのを見送り、2匹目の蝶のセッティング画面をパソコンに表示させる。こちらをいつでも起動可能な状態にしつつ、眼下へ意識を集中させた。

この静かなはずの埠頭に、次から次へと人が増える。また一台、車がこちらへ向かってきている。

車の中にいたフードの少女は、マスクで変装したメガネの少年だった。サイドガラスを砕いて蹴り出されたサッカーボールはベルモットの持つ拳銃を弾き飛ばし、彼はそのまま腕時計を構える。
この場面で構えるということは、あの時計は何かしらの武器か。ボールが蹴り出された少年の靴から微かに閃光が散っているところを見ると、あの靴も特別製と見て良いだろう。

メガネの少年が優勢になってきたところで、近くに止められたタクシーからフードの少女が降りてきた。少年のものとよく似たメガネをかけている。
フードの少女の登場に気が逸れたメガネの少年の一瞬の隙をつき、ベルモットが腕時計に触れる。

「God night, baby……and welcome……Sherry!」

「おやすみ」ということは、あの腕時計には睡眠薬の類いが仕込んであるのか。それも、かなり即効性のある薬が。なんて恐ろしい時計をした子供だろうか。
そして聞こえたコードネーム、シェリー。あんな小さな女の子が犯罪組織でコードネームをもらえるとは、彼女もメガネの少年に負けず劣らずの恐ろしい子供のようだ。

「! o.k.」

眼下を見ていた私の視界の端、スナイパーがいるコンテナの上の秀一から合図がきた。近くに放たれた蝶のセッティングを開始する。

ベルモットがフードの少女に向けた銃の引き金を引こうとした時、スターリング捜査官の車のトランクが開き、5人目が現れた。
今度は高校生くらいの、長い黒髪の少女。トランクの中では全貌は分からなかっただろうに、フードの少女へ駆け寄り抱きしめ、その身を呈して守ろうとしている。

「Move it, Angel!」
「……エンジェル?」

見たところ一般人の彼女は、ベルモットと知り合いなのか。ベルモットは彼女を守るように、コンテナ上のスナイパーへ威嚇射撃。
組織の幹部であるはずのベルモットが生かそうとする黒髪の少女。彼女も只者ではないのかもしれない。

秀一から今回の概要を聞いただけの私では、現状の全てを理解することは到底難しいようだった。電波遮断器のセッティングも完了したし、今は電波妨害だけに集中することにしようと思う。
気になることは、いくつでもあるけれど。


あの後、フードの少女と高校生の少女は揃って気絶。ベルモットはメガネの少年を連れて逃走。スターリング捜査官が負傷し、秀一に両足を折られたスナイパーは拳銃自殺を図った。
この埠頭からベルモットが離れれば電波妨害の必要もなくなる。2匹とも蝶を回収した私は秀一の車の方へと向かった。

「お疲れ様」
「ああ。今日は助かった」
「私は大したことしてないわ。ほとんど見てただけだもの。……あの少年、連れて行かれたけど大丈夫なの?」
「保障はできないが、殺さず眠らせた点から見ても大丈夫だろう。スナイパーに死なれたことが痛いな……」

ハンドルを握る秀一の左手には力が入っており、それが今の彼の心境を伝えてくる。

カルバドスというコードネームを持っていたらしいスナイパーは、秀一に両足を折られ、武器を奪われていても尚、隠し持っていた拳銃で自殺を図った。情報漏洩を危惧する人間としては、まあ妥当な判断だ。
生かして情報が聞き出せなくなったという点では、FBIの敗北と言えるだろう。

「……スナイパー1人生かして得られる情報くらい、私が集めてあげるわ」

だから、今後も貴方と一緒にその組織を追わせてね。
そう言外に伝えれば、ハンドルを持つ左手に更に力が入ったのがわかった。

「そんなことより、」
「……何だ」

FBIの失態と言えなくもない出来事をそんなこと呼ばわりされて、若干不機嫌気味に返される。
それに声に出さずフッと笑って答えた。

「かっこよかったわよ、ショットガンを撃つ貴方。……思わず惚れ直すくらいにはね」

そう、電波妨害中にも関わらず、それを忘れて思わず撮影したくなる程には。

「24年振りに見たわ。秀一が武器を持ってるところ。貴方にはやっぱり、銃が似合うわね」
「……そうか」
「ええ」

力が入っていた左手が、先程までと違って、柔らかくハンドルに添えられるのが確認できた。



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