プラネタリアの結晶
□電波遮断器
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バーでの打ち合わせの翌日。夜になって、家の前に黒のシボレーが止められた。
それに乗り込み連れて来られたのは、人気のない埠頭。まあ場所としては悪くない。
車から降りて海の方へ移動する。FBIが動いているという話だったが、その姿も見えない。
人目につかないようフード付きの服を着てきたが、とりあえずは被らなくても大丈夫そうだ。
「誰もいないみたいだけど、」
「ああ。2時間程前にジョディが来て、今日の計画はなしだと解散させていた」
知っていてなお、その事実をスターリング捜査官に伝えないところが、秀一らしいというか何というか。
「……それ、例の女ね」
「おそらくな。そろそろジョディが奴を連れてここへ来る筈だ。その上にでも上がろう」
「了解」
秀一が指すコンテナの上に上がる。ここからなら埠頭の様子を見つつ、敵が連れて来ているかもしれないスナイパーごと狙撃できるだろう。
「それで、頼んだものは?」
「これよ」
担いでいたライフルの調整をしながら、秀一が声だけをこちらへ向ける。それに、カバンの中からパソコンと小さな機械を取り出しながら答えた。
「……それで、通信妨害ができるのか?」
「まあね。……ただ急だったし、ターゲットが現れてから調整が必要だけど」
「そうか。すまんな」
若干訝しげに聞いてきた秀一の言いたいことはわかる。私が手の平に乗せて見せたそれが、蝶の形をしていたからだろう。
これはこの時期にも実際に見られる蝶、ムラサキツバメをモデルに作ったもの。実物よりは少し大きい、5センチ程の蝶が2匹。
手元のパソコンから触角へ信号を送り、広げた羽から妨害電波を放出して特定の端末への通信を妨害する、という仕組みだ。
今回は急だったことや、私自身がターゲットをよく知らないことも相まって、ターゲットが現れてから対象の端末への通信電波を拾うことが必要となる。止める電波がどれなのかが分かれば、後は起動ボタン一つで蝶たちが頑張ってくれるはず。
「よく1日で間に合ったな」
「実はこれ、普段から使ってるものに手を加えただけなの」
「そうなのか」
「ええ。普段は全ての電波を切れるようにしてるから、範囲の調整をね。……さてと、」
手元のパソコンに並ぶ文字と数字の羅列。後はターゲットを待ち、このセッティングを完了させるだけ。
秀一の方も、ライフルの調整が終わったようだった。
それから待つことしばらく。人気のなかった埠頭に、2台の車が向かってきた。前のドリフトを決めた車から、スターリング捜査官。そして後ろの車から、新出医師に扮した組織の女。
スターリング捜査官が言葉巧みに、新出医師が本物ではないことを追求していく。
「木々の束縛」
その隙に、ムラサキツバメ型電波遮断器を新出医師の近くへと送り出した。
木々の束縛で具現化した蔓の先にムラサキツバメを乗せ、蔓の存在と気配を隠で限りなく消していく。隠は、念能力の基本の一つ、絶の応用技。気配を消し、具現化したものさえ他者から見えにくくする効果を持つ。
新出医師に気づかれないよう、その体の側まで蝶を近づかせていく。電波妨害のセッティングを終えた時、マスクの下の顔があらわになった。
「! ……クリス・ヴィンヤード?」
「ああ」
半信半疑で問う私に、秀一は迷うことなく答える。それでも目の前の事実を、一瞬で飲み込むことはできなかった。
あの大女優クリス・ヴィンヤードが、まさか秀一の追う国際的犯罪組織の一員だなんて誰が思うだろうか。これを事実とするならば、その組織とやらに、表舞台で名高い人物が相当数絡んでいる可能性もある。
組織の巨大さを実感すると同時に、この世界に来てから離れていた感覚が蘇る。これ程の相手とやりあえることに対する、高揚感のようなものが。
何と言えば良いのか。やっぱり、ワクワクしているんだろう。自然と口角が上がっていくのが自分でもわかった。
「朱音?」
「なんでもないわ。少し楽しくなってきただけ」
「……そうか、」
何か言いたげな秀一の顔を視界の端に入れながら、電波遮断器のスイッチを入れた。