プラネタリアの結晶

□彼の追う闇
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今夜7時にここのバーで。

秀一らしい完結な文面で送られてきたメール。そこに添えられた地図の店を調べてみれば、個室もあるようだった。
FBIの方にも関係ある依頼だと言っていたから、誰にも聞かれない方が良いのだろう。それならばと、店へ向かう前に自室のパソコンへ向かった。

「待った?」
「いや、俺もさっき来たところだ」
「そう」

カウンターで既にグラスを傾けていた秀一に声をかければ、そのまま手を取られる。バーテンダーに何かしら告げ、片手に飲みかけのグラスを持ち、私の手を引いて個室へ向かった。

対に置かれたソファの片側に並んで座ると、先程のバーテンダーがカクテルグラスを持って現れた。薄茶色のそれは、ベルベット・ハンマーか。私の前にそれを置き、バーテンダーが部屋を去っていく。
すかさず秀一が立ち上がって扉に鍵をかけた。軽く外の音を確認して、ソファへ戻ってくる。

「誰にも尾けられてないわよ」
「そうか」
「後で入口の防犯カメラの映像も差し替えておくけれど」
「! ……さすがだな」

直接会おうと言ってきたこと。個室のある店を選んだこと。彼の追う組織の危険さは言われなくとも察しているつもりだ。
だからこそ、昼間、この店の防犯カメラをハッキングしておいた。彼がここへ来たことも、私と会ったことも、その証拠を残さないように。

「わざわざ直接会おうって言うくらいだもの。貴方が追ってるその組織、相当危ないんでしょう?」
「ああ。正直、関わらせたくはないが……」
「……怒るわよ」
「そう言うと思ったから、あえて朱音に協力を頼むことにした。正解だったようだな」

危険から遠ざけたい。秀一の気持ちは私にもわかる。けれど、そこに秀一のみを向かわせるのであれば、私は迷わず自分も踏み込むことを選ぶ。
自分で言うのも何だが、私には彼と共にそこに並び立てる力があると思っているし、何より、二度と再び失いたくないから。
そんな私の気持ちをわかっていて、危険だとわかっている組織との関わりを、秀一はこうして私に認めてくれたのだ。

「それで、何するの?」
「この間バスから助けた少女、覚えてるか?」
「ええ。赤いフードの子でしょ?」
「ああ。俺と共にスキーウェアを着せられた男が、実は組織の人間で、変装が得意な女でな。その女が彼女を狙っている」
「へえ、やっぱり彼、只者じゃなかったのね。なら、あの外国人教師は貴方の仲間かしら?」
「さすがだな。……彼女は同じFBI捜査官、ジョディ・スターリングだ」

秀一と共に犯人役に指名されたメガネの男性と、あのボウヤと面識があるらしい外国人教師。二人とも、纏うオーラは鍛えられた者のそれだった。
敵か味方かなんて気にしていなかったが、あの男は秀一の敵だったのか。それならば、医者らしい彼の職業と、その身体能力が比例しないことにも納得できる。

「話を戻すが……FBIは明日、その女より早く少女に接触し、おびき出して女を捕らえるつもりだ。たが、」

秀一はそこで一旦口ごもり、そして、私から視線を外して続けた。

「そううまくはいかないだろう」
「その、根拠は?」
「女の部屋へ侵入し調べ物をした捜査官がいるんだが……それに気づかないような奴じゃない。なのに少女の元を訪れる計画を進めているということは、つまり、」
「相手に、逆に利用されている可能性が高い。こちらの捜査官を殺すために、FBIの人間を遠ざけた上で待機させてるでしょうね。腕利きのスナイパーとか」
「ああ。俺は明日、単独で張るつもりだ。共に来て、女と組織との通信を妨害してほしい。……間に合うか?」

通信妨害。それが、今回の秀一の依頼らしい。
妨害電波のプログラムを組むくらいお安い御用だ。

「当然。1日あればお釣りがくるわ。範囲や効果はどのくらい?」
「秘密主義のあの女のことだ、自ら組織へ通信することはまずない。女の居場所が特定されず、万が一組織から通信が入った時に妨害がバレなければ、後は任せる」
「了解。明日までに用意しとくわ」

急で悪いな。そう言いながらグラスを傾ける秀一。
作戦が決まったのはそれ程前のことではないんだろう。もしかしたら私に伝えるか否かを悩んだ故かもしれないが、この急ぎの仕事を私に振ってくれたことはきっと、秀一からの信頼。
私ならできると。たとえそれが、前日の依頼で、準備に1日以下の時間しか割けなくとも。

秀一からの信頼。もちろん、ちゃんと応えてみせるわ。
余裕があれば、今まで集めたデータから、その組織とやらに一致するものがないか探しておこう。

きっと、これから長くなる。けれど秀一は、それを終わらせる意志があるようだから。一日も早く、その日が来ることを祈って。



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