プラネタリアの結晶

□人を殺める理由
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秀一が立ち上がったことで溢れたコーヒーを拭きながら、気になっていたことを尋ねる。

「そう言えば、どうして私がルリアだとわかったの?」

今世と前世の私では、顔立ちこそ同じであれ、髪の色も目の色も違う。当然、名前も経歴も。
なのに秀一は、あの短時間の邂逅で、確信を持ったかのように私にルリアの名を告げた。それに至った経緯が知りたかった。

「バウンダリー」
「え?」
「2回目に拳銃を向けられた時、炎熱の境界線(バウンダリー)と言っただろう? それで、お前だとわかった」
「たった、それだけのことで……?」

確かに、秀一には念能力の話をした。
基本となる技は決まっていても、発──念の完成形とも呼べる個別技は十人十色。その人の性格や生い立ちに大きく左右され、自由に決められるため、人によって発の形状は異なるのだと。

「それだけ、ではないさ。あれはお前が、あの世界で生き残るために必死で身につけた技なんだろう? 忘れるものか」
「秀一……」

あぁ、秀一は変わってない。あの頃と同じだ。何もかもを、私を形作るものだと言ってくれる、私のよく知っている秀一だった。

「そういえば、何で日本にいるの? 貴方確か、FBIだとか言ってなかった? FBIって、アメリカの機関でしょう」
「ああ、そんな話もしたな。……日本には、一応捜査で来ている」
「……それ、私に言っていいの?」
「ダメだな」

機密情報になるんじゃないかと聞いてみれば、即答でyesと返ってきた。全く……自分が何を言ったか、そして相手が誰かわかっているのかしら。

「その一言が命とりになるんじゃなくて?」
「フッ、お前なら大丈夫さ」
「あら、随分信頼してくれてるのね」
「まあな。俺を追って死んでくれる女だ、俺が不利になることはしないだろう?」

最後の一言、問いかけの形をとってはいたが断定だった。まあ、前科があるし、間違ってはいないけれど。

「その通りだけど。でも、私の仕事も知らずに言うのはどうかと思うわ」
「仕事? そういえば何をしてるんだ? 学生ではなさそうだが……」
「……ルリア」
「……?」
「この名前を呼ばれた時、最初、それを知られてるのかと思ったわ。ナイトレイって続けてくれたから、すぐ違うってわかったけれど」

そう、今の私にとって、「ルリア」は前世の名以外の意味も持つ。あの時、秀一がファミリーネームを続けてくれなければ、強硬手段に出ていなかった自信がない。
何度か口の中で「ルリア」の単語を繰り返していた秀一は、しばらくしてハッとしたようにこちらを見た。

「……まさか、プラネタリアのルリア、か?」
「ふふっ、正解」

プラネタリアのルリア。それが仕事、情報屋としての私の名前だ。

プラネタリアとは、情報収集、暗殺、システム開発を行う組織のことであり、その組織へ依頼をする際に使用するWebサイトの名でもある。
情報収集とシステム開発をルリアが、暗殺をレイが担当する。まぁ、レイも私のことであるのだが。
立ち上げたのは5年程前だが、今ではもう、ありとあらゆるところから依頼を受ける情報屋だ。

「プラネタリアは男女の二人組だそうだが……男と2人でやってるのか」
「どっちも私よ。ナイトレイのレイ」

男と2人で、と言った秀一が不機嫌そうで訂正を入れれば、その顔が別の方向へ曇った。

「……また、殺しもやっているのか」
「……悪い?」
「……いや。だが、俺と出会って変わった。そう言ったのはお前だろう」
「でも、貴方はいなくなった。……それに世の中には、生きてちゃいけない人間もいる」

そう、あの男のように。
法がその罪を許されたものとし、守ったとしても。法の目を潜り抜けたその証拠すら見つけ出して、裁かなければならない人間はいる。

「正義が彼らを裁かないのなら、代わりに手を下すまで」
「朱音……なら俺が、お前に代わって彼らを裁く正義になろう」
「は?」

彼は、何を言っているのか。仮にもFBIに所属する正義側の彼が、社会が既に下した判決を覆させるというのか。まさか、人を殺めるつもりなのか。
そんな私の心情を読んだかのように、秀一は続けた。

「一瞬、出会ったころのルリアのままだと思った……だが、正義が裁かない者に手を下す。つまり、今のお前が殺しをするのには、そうするだけの理由があるということだろう?」
「……だったら何だって言うのよ」
「お前が手を下す前に、俺が捕え、然るべき裁きを受けさせる」
「貴方に、そんな力があるの?」
「ある、と言えば嘘になるが。前とは違い、今は同じ世界にいる。俺が持てる全てで、お前の力になりたい」

彼は組織に所属する人間。彼の意思と組織の意思が、必ずしも重なるとは限らない。
それでも、私の力になりたいだなんて。24年も前から想いを寄せる貴方にそう言われて、私が断われないとわかっているくせに。

「……好きにすれば」
「ああ、好きにするさ。だがまあ、表の人間に話せるような仕事も考えろ」

フッと笑みを漏らした秀一。その左手が頭に乗せられ、ポンポンと撫でられた。
そんなことをされたのは随分前、両親から以外に記憶がない。この歳になって、と思ったのは一瞬で、どこか落ち着くそれにそっと目を閉じた。



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