プラネタリアの結晶

□生きる意味
1ページ/1ページ


「……ここか?」
「ええ」

往来で車越しに抱き合う私たちは、さぞ目立っていたことだろう。とりあえず場所を変えようと、そう言った秀一に助手席に乗せられ、2人で私の家に帰った。
思えば、この家に人を上げるのは随分と久しぶりだ。最後はいつだったか。両親の事件があった、あの頃以来かもしれない。

「コーヒーでいいのよね」
「ああ」

好みは変わっていないらしい。簡単にドリップパックのコーヒーを淹れている間、秀一は興味深そうに部屋の中を見渡していた。
そういう私も、コーヒーを淹れつつ、髪の短くなった知らない彼の背中を眺める。

「はい。座ったら?」
「ああ、悪いな」

湯気の立つコーヒーを片手に、ダイニングテーブルで向き合う。4人がけのそれは、互いの隣が一つずつ空いていた。
コーヒーを互いに一口。顔を上げれば秀一と目が合った。

「いつ、こっちへ来たんだ?」
「24年前」
「……は?」

秀一にしては珍しく、ポーカーフェイスが外れたぽかんとした顔で私を見た。状況の理解ができていないであろう彼に、私はもう一度言ってやる。

「だから、24年前」
「……俺がお前と別れたのは2年前だぞ」
「みたいね。でも、私が貴方と別れたのは24年前だもの」
「……その割には、その、あまり変わっていないようだが」

若干言い淀んだ秀一に、そう言うことかと、彼が言わんとしていることを察した。
彼の記憶にある私と、今目の前にいる私。髪や目の色は違えども、顔の作りは同じ。だから、24年もの歳を重ねているように見えないと言いたいのだろう。

「私、今年24よ。貴方と会った時と同い年」
「何? どういうことだ」
「転生したの。前の記憶を持ったまま。でもまさか、ここが貴方のいる世界だなんて思わなかったわ」
「転生……なるほど。……待て、お前は一度死んでいるのか?」

思いのほかあっさりと納得してくれたと思いきや、やはりそこは気になるのか。会った時から、いつか聞かれるとは思っていた。

「ええ。貴方が消えた、3日後にね」
「! ……死因を、聞いてもいいか」
「頸動脈切断の大量出血によるショック死。遺体の首は左側から半分近く切断、右側には索条痕。刃物の付いた紐状の凶器で強く首を絞められた、ってことになってるんじゃない?」
「……自殺か」

わざと選んだ言い回しで、鋭い秀一はちゃんと理解してくれた。私が自ら命を絶ったことを。

「なぜそんなことをした!」

ガタンと椅子が倒れる音がして、両肩を力強い手に掴まれた。テーブルの上に、衝撃で溢れたコーヒーが点々と散る。
珍しく荒げられた声。私に向けられた緑の目には、苦しげな色が滲んでいた。

「……貴方が、消えたから」
「何?」

気がつけば、私は彼の目を見つめたまま、その答えを紡いでいた。

「……秀一は、私を変えた。貴方に会って、私は生まれて初めて生きる意味を見つけた。……なのに、貴方は消えた」
「ルリア……」
「次の日、1日貴方の帰りを待った。2日目、情報網を駆使して世界中から貴方を探した。そして3日目、世界を越えた人間について調べて、一度戻った人間が二度と再び戻らないことを知った。……貴方がいない世界で、私は生きていけなかった」

一度知ってしまった貴方という存在。それが欠落した後、私に残されたのは、心にぽっかりと空いた穴だけだった。
それを修復することは、私にはできなかった。

「だから、私自身を殺したの」
「……すまなかった」

私を見つめていた目が閉じられ、秀一の口から苦しそうなそんな声が漏れた。私は貴方から、謝罪を聞きたいわけじゃない。

「謝らないで。あれは、私が選んだことよ」
「……すまん」
「それに、」
「それに?」
「こうして転生したことで、また秀一に会えた。今度は生きる世界も同じだから」
「! ……ああ、そうだな。ルリア、」

名を呼ばれ、しっかりと目を合わせる。両肩の手はそのままだが、そこに込められた力は先程とは比べ物にならないほど柔らかい。

「好きだルリア、」
「待って」
「……何だ」

告白を止められて不機嫌になる秀一。けれど私にも、譲れないものがある。
今の私はもう、ルリア=ナイトレイではないのだから。

「私の名は朱音。水島朱音よ」
「……好きだ、朱音。愛している。俺の気持ちは、あの頃から変わっていない」
「秀一……」
「返事を、聞かせてくれ」
「……もうほとんど、言ったと思うけれど」

こちらの世界に戻った秀一の後を追って、自ら命を絶った。それはつまり、そういうことだから。

「それでも。俺は、お前の口から聞きたい」
「……私も、愛してるわ。だからもう二度と、私を1人にしないで」
「ああ」

テーブルを挟んだまま交わした口づけ。それは秀一にとっては2年越しの、私にとっては24年越しの想いだった。



次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ