プラネタリアの結晶

□赤いフードの少女
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目を閉じても感じていた明るさが急に遮られたことで、トンネルに入ったんだとわかった。バスはかなりのスピードを出しているし、ここは高速道路で間違いないだろう。

寝ているといっても周りへ意識を向けることは怠っていないから、大体の状況はわかっている。
男たちの会話を聞くに、警察は彼らの要求を飲み、既に捕らえていた仲間の1人を解放してしまったようだった。
仲間が解放されたとなれば。彼らが次に考えることは、この場からの離脱と仲間との合流。そのために、私たち乗客の対処。

ちょうど、隣のニット帽の男性と、2列前の席のメガネの男性が彼らに呼ばれて前方へ向かったところだ。バスジャック犯たちは着ていたスキーウェアを彼らに着せ、その場に座るよう指示を出す。
ガムをかんでいた女性も前へ呼ばれ、犯人たちの人質に。

1つ前の席では、何度か怒られていたメガネのボウヤがまた何か始めている。ピピッという電子音の後、小声で話すのが聞こえた。

「いいか! 今から俺がいう通りに行動するんだ! ……バスがトンネルから出た、その瞬間が勝負だぜ?」

暗闇の中で目を開けると、バスジャック犯2人と人質の女性が運転席付近にいるのが確認できた。その少し後方にスキーウェアを着た男性2人。足元の通路には縦に並べられたスキー袋。
このスキー袋に弾が当たることを懸念するような話をしてたから、これは、少なくとも銃弾が当たったら犯人たちも助からないような代物ということ。まぁ、十中八九爆弾だろうけど。

もう一つ気になるのは、人質の女の怯え方。死を恐怖しているにしては違和感がある。とすれば、彼女もグルと考えられる。スキーウェアを着せられた2人は、さしずめ犯人たちの身代わりといったところか。
逃げる時間を稼ぐためなんて最もらしいことを言っているが、全員に顔を見せたからには口封じをする気でまず間違いない。

さて、どうしようか。被害を出さずに爆発だけさせることも可能だけれど、それだとさすがに目立つ。
そうこう考えているうちに、バスはトンネルから出てしまった。通信機で何やら準備していた子供たちの方は間に合った様子。

「よし! スピードを上げろ!」

犯人の指示で運転手がアクセルを踏み込む。それと同時、メガネの少年と、通路を挟んで反対側に座っていた男性がスキー袋を掲げて犯人へ声をかける。

「よく言うよ、どーせ殺しちゃうくせに……この爆弾で!」

振り返った犯人が少年へ銃を向ける。それに怯えることもなく、少年は次いで運転手へ叫んだ。

「早く!」

少年の言葉にバックミラーを見ると、スキー袋には赤い何かで書かれたSTOPの文字があった。とっさに前の座席に手をつくが早いか、運転手に踏まれたブレーキによってバスが急停車した。

そこから先はあっと言う間だった。
起き上がり少年に銃を向けた犯人の1人が、急に意識を失ったように崩れ落ち。英語教師の女性がもう1人をノックアウト。犯人の身代わりになっていたメガネの男性が、人質のフリをしていた女を抑え込む。

やはり、私が動く必要はなかったか。
さて終わったと一息ついた時、女の悲鳴にも似た叫びが車内に広がった。

「今の急ブレーキで時計をぶつけて、起爆装置が作動しちゃったのよ! 爆発まで後1分もないわ!」
「チッ……」

最後の最後で、やってくれる。回避できたと思った問題事がまだ終わっていなかったことに、無意識のうちに舌打ちが出た。

我先にと外へ溢れる乗客の中、同じく最後部に座っていた補聴器を付けた男性に続いて席を立つ。
その時、一つ前の席の赤いフードの少女が、微動だにしないことに気づいた。それは先程までの震えていた姿とは違い、自ら選んで残っているかのよう。
他の乗客が全て降り、バスの中に残っているのは私と少女の2人だけ。諦めの滲む彼女の雰囲気は、少しだけ幼い頃の自分を思わせた。
だからかもしれない。

「生に見切りをつけるのは、まだ早いわ」

気づいたら、彼女に声をかけていた。

「……え?」
「貴女はまだ子供。自ら死を選ぶのは、もう少し、周りを見てからでもいいんじゃないかしら」
「あっ……ちょっと!」

一方的に言い、その手を引いて抱き上げる。足にオーラを集中させ踏み切ると、その勢いのまま後部のガラスを蹴破った。
バスから出た次の瞬間、爆発が起こり体が爆風に煽られる。けれど空中で体を捻って体勢を整え、着地。もちろん足から。

「平気?」
「……ええ、私は……」
「そう、よかった」

腕から下ろす頃には、彼女の纏っていた雰囲気はすっかり成りを潜めていた。
そばに止められた車から男性が降りてくる。次いで、彼女の連れだろうメガネの少年たち。

「だ、大丈夫ですか!? 警察です!」
「私は平気。それよりも……」

赤フードの彼女とバスを脱出してからずっとこちらを見てくる少年を見やり、少女を警察だと名乗った男性へ渡す。バスの中での少年と英語教師のやり取りを考えれば、きっとこうして欲しいはずだ。

「彼女、怪我してるかもしれないから、念のため病院へ連れて行って」
「あ、はい」
「事情聴取は……そうね、このボウヤがいれば十分でしょう。ね、ボウヤ?」
「……あ、う、うん。高木刑事、博士やみんなを病院に連れてって! 事情聴取は、僕1人で受けるからさ」

少女と、少年の連れだろう男性と子供たちは、そのまま刑事の車でその場を離れて行った。
事件自体は終わったが、私たちにはまだ事情聴取が残っている。面倒事はなかなか終わらないらしい。



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