プラネタリアの結晶

□始まりのバスジャック
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「騒ぐな!騒ぐとぶっ殺すぞ!」

突如響いた怒声と発砲音。次いで木霊した乗客たちの悲鳴に、今日の移動手段としてバスを選択したことを後悔した。車でもバイクでも、自分で出すべきだった。

そもそもこの日出かけたのは、ある人物の暗殺依頼があったからだ。その人物を探るために外出、移動手段としてバスを選択。ここまでは特に問題なかった。
誰も座っていなかった1番後ろの席にかけ、携帯で別件の情報提供の依頼内容を確認する。こっちは大した内容じゃないし、これなら帰ってちょっと調べればいい。

そんなことを考えていると、隣に男性が座った。その向こうに、更に男性と女性。だいぶ人が増えてきたなと車内を見渡したところに、先ほどの怒声が聞こえてきた。
一瞬にして変わる車内の空気。全く、傍迷惑な話である。

拳銃を発砲したのは、先程のバス停で乗車してきたスキーウェアの二人組。少し前の席の子供たちが、彼らのかなり気合いの入った服装について話した直後だった。
彼らは拳銃をちらつかせながら、手元の袋に乗客の携帯を回収して回る。まあ、こういった輩としてはよくある行動だろう。

「早く出せ!」
「すみません……携帯、持ってないんですよ……」

男に拳銃を向けられ、なかなか携帯を出さなかった隣のニット帽とマスクの男性が答える。風邪気味なのだろう、答える間も彼の咳は止まらず続いていた。
この時代に携帯端末を持ち歩いていないなんて。家にでも置いてきたか、単なる法螺か。

ニット帽の彼に舌打ちしたバスジャック犯が、続いて私に目を向ける。そしてすかさず拳銃も向ける。

「連絡してんじゃねーぞ! お前の携帯も寄こせ!」
「嫌よ」

彼らがバスをジャックしてからも、変わらず携帯をいじる私に拳銃を向けて怒鳴ってくる。それに間髪いれず否を返せば、空気が変わったのがわかった。

──ドンッ!

頭の横を銃弾が通過した。否、側頭部付近へ撃たれた弾を最小限の動きで躱した、が正しい。

「このアマ……殺されてぇのか!」

既に先程の弾も、当たりどころが悪ければ死んでいた可能性もある。なのにそれを全く感じさせない男の態度に、少なくとも彼が拳銃のプロでないことは明白だ。
バスジャック犯の持つ拳銃が、今度はしっかりと私へ定められる。顔の正面、即死も狙える位置へ。その距離、およそ50センチ。しかしながら、別段恐れる距離ではない。余裕で避けられる。

厳重にいくつものロックをかけてあり、全てバックアップが取ってあるとは言え、この携帯には様々なデータが入っている。彼らが乗ってくる前から携帯を使っていたため、隣の男のように持っていないなんてことは言えないが、かと言って渡す気もさらさらなかった。

「撃てば?」
「っ、何だと……?」
「だから、撃ちたいなら撃てばいいって言ってんのよ。別にどこにも連絡なんてしてないし、する気もない。だけどまあ、信じられないなら撃ってもいいわ。……もちろん、当たってやるつもりはないけどね」

ニット帽とゴーグルの間から覗く男の肌に、怒りで青筋が浮かび上がるのが見える。怒りで平静を失った人間の行動ほど、読みやすいものはない。

「……っ、そんなに死にたきゃ殺ってやるよ!」
炎熱の境界線(バウンダリー)

男の指が引き金を引くより少し早く。
拳銃の前に翳した右手に、念能力、陰陽五行の万象要素(ファイブエレメンツ)から炎熱の境界線(バウンダリー)を発動した。
主に防御に特化したこれは陰陽五行の1つ、火の力。加減次第で何百度何千度にもなるこの炎は、その火力であらゆるものをシャットアウトする。

右手の攻防力を上げ、準備完了。
その直後、衝撃に対応できるようにした状態の右手に弾が当たる感覚を捉えた。そのまま反射で銃弾を握りしめる。
この間、コンマ数秒。

「な、んで……死んでねぇ……」

男の顔が驚愕に染まっている。車内の乗客もバスジャック犯同様、誰もかれも驚きの表情だ。
まあ、そんな顔になるのも当然。私以外の人間には、撃たれたはずなのに目の前の女が平気そうな顔をしているように見えるだろう。
誰1人として、私が弾を受け止めたなんて考えもしない。

「当たってやるつもりはない」

驚き固まる男に向かって、握り込んでいた右手をゆっくりと開いていく。キンッという音と共に、手の平から滑り落ちた銃弾が彼の足元に落ちた。
そんなバカな。声には出せずとも、男の口がそう動いたのを見た。

「なっ!」
「そう、言ったはずよ」

オーラを込めてバスジャック犯を見やる。当てられた殺気(オーラ)に男は固まったまま、拳銃を持つ手が震え、冷や汗が吹き出す。
今彼は、得体の知れない恐怖感に全身を襲われる感覚に苛まれているのだろう。

「おい! そんな女放っておけ!」
「っ! あ、ああ……」

バスの前方からのもう1人のバスジャック犯の声で何とか我に返った男は、こちらを睨みながら渋々といった体で戻っていった。

やっと鬱陶しいのがいなくなった。今日の目的はもう果たせそうもないし、事が解決するまで寝るとしよう。
隣からの探るような視線には、気づかないフリをして。

隣の男もそうだが、2列前の男女、それから前の列の少年。この4人、私が撃たれたことに動揺しても、私がそれを止めたことにほかと違って驚愕を示さなかった。
つまり、このバスには只者じゃない人間が少なくとも4人いる。だからまあ、私が直接何か手を下さずとも何とかなるだろう。



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