プラネタリアの結晶
□黒いメガネの少年
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「僕の友達を助けてくれてありがとう! お姉さん、とってもかっこよかったよ!」
「……そう、どういたしまして」
警視庁にて。
事情聴取の順番待ちをしているわけだが、隣のボウヤがなぜかしつこいほど絡んでくる。彼は私の1つ前の席に座っていた、あの命知らずの少年だ。バスの中での様子から、相当旺盛な好奇心の持ち主と見た。
それにしても君、赤フードの少女はたまたま乗り合わせた知らない子だと言っていなかったか。いや、確かに言っていた。
ならあれは、あの英語教師を欺くための嘘か。なんでそんなことをする必要があったのか、全くわからないけれど。
「ねえ、お姉さんは何か武道でもやってるの?」
「……どうして?」
「だって、そうでもなきゃ、窓ガラスを蹴破るなんてできないでしょ? それに、爆風に煽られたのにちゃんと足から着地してた。それって、空中でも体の軸がぶれてなかったってことだよね」
あの時の私の動きは実際その言葉の通りで、随分と人のことをよく見ているボウヤだと感心する。まあ私の場合、武道を嗜んでるわけじゃないから完答とは言えないが。
それよりも、結局今日の予定はダメになってしまった。今日の外出は殺しの依頼を引き受けるかどうか見極めるための探りだったわけで、必ずしも今日である必要ななかったのだが。……仕方ない、明日また出かけるとしよう。
「どうなの? お姉さん!」
「……何?」
ボウヤの声に思考が中断される。
「えー……もしかして、僕の話聞いてなかったの?」
「途中まで聞いてたわ」
「……それ、結局聞いてなかったってことじゃねーか」
本人は小声で言っているつもりだろうし、実際小声で周りの人間には誰にも聞こえてないのだろうが、私には十分聞き取れる音量。
最後の一言、今までのボウヤとは少し雰囲気が違っていた。それはそう、まるで、見た目と中身が異なっているかのような違和感。でもそれは一瞬で消えて、すぐ元のボウヤの雰囲気に戻った。
気のせいか。自分自身の例があるから、そう考えてしまっただけかもしれない。
「次の方、どうぞ」
「じゃあね、ボウヤ」
「……うん」
心底名残惜しそうな、不満そうなボウヤを廊下に残して、私は事情聴取へ臨んだ。
部屋の中にいたのは、まだ若い男性の刑事。
「高木です。では、まずお名前とご職業を」
「水島朱音。仕事は……そうね、フリーターかしら」
「フリーター?」
「ええ。特に決まったことはしてないの」
本当は情報屋。だけど、そんな情報をわざわざくれてやるほどの相手ではない。
「今日はなぜあのバスに?」
「暇だったから出かけようと思って」
「一人でですか?」
「悪い? 私、一緒に出かけるような人間いないから」
「あ、いえ、そういうことでは……コホン。ええと、他の乗客の話では、貴女が犯人たちを煽るような言動をしていたということなのですが……」
「否定はしないわ」
高木さんが、他の乗客から聞いただろうことを挙げていく。
携帯の押収に応じなかった。銃を向けられても尚、犯人を煽った。撃たれたように見えたにもかかわらず無傷だった。銃弾を躱していた。バスジャックの続く車内で寝ていた。などなど。
実際、どれもその通りである。
「最後は窓ガラスを破って脱出してましたよね。あ、そうそう、あの女の子に怪我はなかったそうですよ」
「そう」
「今回は誰にも怪我がありませんでしたけど、今度からは犯人を煽るような言動は控えてください。何かあってからでは遅いんですから」
「ええ」
さて、そろそろこの事情聴取からも解放されるかと思ったところで、扉が開いてまた警察官が入ってきた。
横に大きな体で、頭には帽子。その顔は記憶にあるものだった。
「……目暮さん」
「! ……朱音君、か?」
「ええ。病院ではいつもすれ違いだから、随分久しぶりね」
「!? ……ああ、そうだな。最後に会ったのは、もう10年も前か……」
「警部、お知り合いですか?」
「ああ、ちょっとな」
父と母の部下だった目暮さん。病院では警察関係者と鉢合わせないようにしているから、会うのは10年前の事件以来だ。
明らかに知り合いなのに、ここではぐらかしたのは彼なりの配慮か。ならそれに甘えて、この辺で切らせてもらおう。
顔の向きはそのまま、少し声量を上げて扉の向こうへと声をかける。
「ボウヤ、いつまで聞いてるの」
「……なんだ、気づいてたんだお姉さん」
「私、耳がいいのよ」
声と共に扉が開き、案の定ボウヤが顔を出した。私が部屋の中に入ってから、ずっと扉の側に張り付いていたくせによく言う。
「コナン君、まだダメだよ。君の番は次だから、少しだけ待ってくれるかい?」
「はーい」
「高木さん、もう終わり?」
「え? あ、はい、大丈夫です。ご協力ありがとうございました」
「じゃあ私はこれで」
「ああ。朱音君、またお見舞いに伺うよ」
「ええ」
こっちを探るように見るボウヤと、不思議そうな高木さん。そして、目暮さんの悲しげな視線を受けながら、私は警視庁を後にした。