テテジミ

□五歳児の恋人と野獣使い
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今朝から、僕とテヒョン以外のメンバーは仕事だった。撮影の残り。
僕らの分は昨日全て終わってしまったから、今日はのんびり映画でも観るか、午後から差し入れでもしに行こうかなあ、なんて思っていた。

……で、今朝はテヒョンの様子がおかしかった。様子っていうか、機嫌が。とても悪かった。
今日はいったい何だろう。

「おはよー、テヒョンア」
「……」
「……お、は、よ、テヒョンア」
「……」

わざと後ろにぴったりついて耳元で言うと、テヒョンは消え去りそうな、地を這うような、怨念のこもったような……声で「……はよ」と答えた。

リビングの椅子を引いて、ガタンと音を立てて座る。機嫌は悪くとも、一緒に朝食を取る気はあるみたいだ。
僕と会話を楽しむ気はないようだけど。

「ねえねえ、昨日頂いたケーキまだ余ってるんだよ。食べちゃおうよ」
「……」
「はい、こっちお前のね。いちごあげる。僕はー、うさぎが乗ってるほうー」
「……!」
「えっ、なに」

僕を見ようともしなかったテヒョンが、ガバッと顔を上げた。射るような目がすごい。すごく大きい。
普段からでかいけど、かっぴらくとこんなに大きくなるのか。目力だけで人を殺せそうだ。
テヒョンは、まるでビームでも出そうな瞳で、僕を睨みつけてきた。

「……」
「な……な、なに? うさぎの方がいい? なら、はい」
「……」
「……どうぞ……」

かわいいうさぎが乗っているショートケーキを、両手でテヒョンの前に差し出す。
テヒョンは、まじで「これでもか」というくらいに顔を歪めて、はあー、と大きく息を吐いた。

「……なんで、最初にうさぎの方取ったの」
「……はい?」
「だから、なんで! ジミナ、最初うさぎ選んだでしょ、なんでっ?」
「え? え?」

声は叫びに近い。
いらいらと地団駄を踏むテヒョンに、頭の中が「?」一色になる。本当に訳がわからない。
いったい何に怒ってるんだ?
顔には、「早く理由を言って! しかも俺が納得できる理由を!」という無理難題が描かれている。

頭をフル回転させて、といっても出てくる答えなんて一つしかないんだけど、「いや、適当に……」としどろもどろに答えたら、テヒョンは「あー!」と咆哮した。
本当にびっくりした。

「ジミニは、いっつもそう! いっつもそうだ!」
「ごめん、違う、訂正! ね、ごめんね、お前がいちごが好きだと思って、そっちをあげたんだよ。いちご好きだろ?」
「いちごは好きだよ!」
「だろ? ね? ケーキ食べよう? 食べない?」
「……っ、……! た、た……食べるっ……」
「うん、一緒に食べよ」
「……食べる……けど……」

今度は、綺麗な顔がしおしおと枯れるように萎んでしまった。百面相みたいだ。
テロテロのパジャマのままで、その場でしゃがみ込んでしまう。
さらにはしくしくと泣き出してしまった。
あああ、とケーキをテーブルに置いて僕もテヒョンのそばにしゃがんだ。

「どうしたんだよ? 何がいや? 僕が悪い?」
「……ジ、ジミニが、わ、悪い……っ!」
「そう、ごめんね、僕が悪いね。泣かないでテヒョンア」
「うっ、うっ……うぅ……っ」

チーン、と鼻をかませて頭を撫でる。
ひくひくと上ずる呼吸が落ち着くまで、何度か手をさすって名前を呼んだ。

あーあ。今日は少し時間がかかりそうだ。


---
テヒョンの機嫌が直った……というか、まともに口をきいてくれるようになったのは、それから2時間してからだった。

「お前がさあ、ジョングギを独り占めしてたんだよ」
「……いつ?」
「今日の夢で」

まるで悪びれのない態度で、テヒョンはかわいい砂糖細工のうさぎを乱暴に掴んで口の中に放り込んだ。
そして、それをバリボリと音を立てて噛み砕いた。

「俺がグギと遊びたいって言っても全然聞いてくれなくてさ……ジミニばっかりグギとゲームして」
「……ふうん」
「グガ、うさぎに似てるじゃん、だからうさぎも全部お前が持ってっちゃって、俺はグギにもうさぎにも触らせて貰えないの。俺はさ、グギとも遊びたいし、うさぎも触りたかったんだよ」
「……へえー」
「お前、意地悪だよ。ひどいやつだよ」
「……うーん……」
「起きてもケーキのうさぎ取っちゃうしさ……ほんとにお前は……」
「あのさあ」

ガタン、と椅子を鳴らして立ち上がって、口と鼻にクリームをつけてるテヒョンを見下ろす。
途端に、テヒョンがびくっと身構えた。

夢ねえ。
夢での僕の態度に怒ってたのか。
夢の中で、僕がテヒョンに意地悪をしていたと……僕の身に覚えのないことで僕は怒られていたと……なるほど、わかった。いや、わかんない。

肩をすくめたまま唇を尖らせるテヒョンに手を伸ばして、クリームだらけの頬に触れる。
まだテヒョンは警戒心をむき出しにしてる。動物みたいだ。
おっかなびっくり僕を見るテヒョンと目を合わせて、ゆっくり細めた。

「夢でも僕を見ちゃうなんて、お前はほんとに僕が大好きだねー」

テヒョンの口が開いて、砂糖細工のかけらがポロリと落ちた。
かわいいうさぎの残骸だ。
あー、と口元を拭ってやると、テヒョンは真っ赤な顔をして、ぷいとそっぽを向いてしまった。

「ほら、たまには言ってよ。好きでしょ、僕のこと」
「い……言わない。俺、ジミニのことなんて別に」
「好き好き大好き。ねー、テヒョンア。アンパンマンみたいにかっこいいから言って」
「……」

柔らかい頬を軽くつねって、優しく揺らす。テヒョンは口を尖らせながら顔を上げて、大きな目で僕のことをじっと見つめる。

「ジミニのことなんて……」
「ん?」

顔を近づけた途端、テヒョンは「大好きっ」と、椅子を蹴って、なんとテーブルを乗り越えてダイブしてきた。
僕より大きな身体を支えることなんてもちろんできなくて、二人して椅子ごと、ケーキごと後ろにひっくり返る。
思い切り頭を打って、目の前に真っ白な星が散った。

「あいたた……テヒョンア、痛いよー……」
「へへ、大好き、ジミナ」
「僕も大好き……うっ、重……」

ずっしりと体重を乗せられて、ウッ、と生理的に声が出た。
重い、と背中を叩いてもテヒョンは退いてはくれない。仕方なく僕がなんとか身体をずらして、呼吸ができる姿勢に落ち着いた。

胸のあたりに顔を埋めて喉を鳴らすテヒョンの姿は、ほんとに動物だ。小さな虎。
染めたばかりの蜂蜜色の髪がふわふわして鼻がくすぐったい。
ゴロゴロと気持ち良さそうにひっつくテヒョンの髪に鼻先を埋めて、首のあたりを撫でてやった。

「ねえテヒョンア、虎ってどうやって鳴くのかなあ」
「えー? ガオー、だろ?」
「甘えてる時だよ。怒ってる時じゃなくて……ちょっと想像して鳴いてみてよ」
「なにそれ、やだよ」

ガオー、と笑いながら肩のあたりを噛むテヒョンに、やめてやめて、と僕も笑った。

虎の知能は、人間の五歳児に近いという。
それなら、僕のかわいいこの恋人も、本能的にならそのくらいだったりして。

気分屋で、わがままで、欲しがりで泣き虫で甘えん坊。身体はどんどん大きくなって、どんどん扱いが難しくなる。
こんなテヒョンと付き合えるのは、世界中探したって僕しかいない。僕が愛せるのもテヒョンだけ。
気分屋の子虎を扱う僕は、猛獣使いになれるかもしれない。

「なに、ジミナ? 一人で笑って」
「今日は、お前に似合う首輪を探しに行こうかな」
「は? なんで?」
「うーん……そういうプレイ? やってみようよ」
「ええー……ジミニがつけるならいいけど……お前の方が似合いそうじゃん」
「そしたら、二人でつけよっか。僕の首輪はお前が買ってね」
「二人でつけんの?」

吹き出すテヒョンにつられて、僕も笑う。
今日は、家でゆっくりするか、兄さんたちに差し入れを……って思ってたけど、やめた。ごめんなさい兄さん。テヒョンと一緒にショッピングだ。
この虎の子をずっと飼い慣らせるような、綺麗な首輪を買いに行こう。


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