novel3

□あたたかな両腕
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長い時間の間、暗闇だった。
最初は徐々に暗闇の時間が伸び、太陽が世界を照らす時間が短くなっていっただけ。
だが、今となっては朝陽が昇らなくなり闇夜の中を歩くのが当たり前になってしまった。
それもきっと今日で終わるだろう。
この一夜を終えてインソムニアに戻り、皆でこの長い戦いの終止符を打てば消えていった人々の笑顔が戻る筈。

燻る想いを抱えながらプロンプトは標の端で一人遠くを見るノクティスの方へ視線を送る。
先程、イグニスがグラディオラスの方へ歩み寄っていくのを見た。
焚き火による明かりで見えたイグニスの頬は濡れている気がしたのはきっと気のせいではない。
誰よりも長くノクティスと共にいたイグニス。
彼はノクティスの側付きで軍師で、時折保護者のような一面もあったが良き理解者であり──親友で兄のような存在。
プロンプトはただ黙って彼の背中を見送ってから一つ深呼吸してからノクティスの元へ駆け寄り背中をバシンと強く叩く。
突如の衝撃に「痛っ!」と声を上げたノクティスは隣に並んだプロンプトを睨む。
だが、そんな事は気にも留めずプロンプトは両腕を上げて大きく伸びをしてからノクティスへ笑顔を向ける。
「イグニスとゆっくり話せた?」
「……おう。つーか痛ぇよ」
「ごめんごめん。立派な王様に渇でも入れようかと思って」
余計なお世話だとノクティスは目の前のプロンプトの鼻を摘まむ。
突如の反撃にふがふがと潜もった声で「やめろー」と抵抗すればハハッと笑ったノクティスの指が離れていく。
まるで10年という長い月日を感じさせない程に昔と変わらぬノクティスの笑顔と態度。
なんだかそれがとても寂しくなりプロンプトは離れていく指を追うように反射的にその手を掴んだ。
するとノクティスは目を見開く。当然だ。プロンプトは先程まで笑っていたというのに、今はそんな気配も感じさせず表情を歪めている。
上手く笑えない。笑える訳がない。
太陽が昇れば彼はいなくなってしまう。
彼は必ず使命を全うする。逃げ出したりなんかはしない。
だが、プロンプトは本当は「辛い」と言った彼に生きていて欲しいのだ。
「プロンプト」
喉に引っ掛かったように上手く言葉が出ず、ただジッとノクティスを見つめているとノクティスがフッと笑みを漏らした。
その笑顔がただただ綺麗で目頭が熱くなる。泣きそうだ。
「サンキューな……今まで。オレ、お前にスゲー支えられてた。高校とかお前いなかったら絶対面白くなかったし」
「ノク……」
「お前の事……好きになれて良かった。好きで良かった。お前との時間……すげー宝物」
卑怯だ。最後の最後にそんな事を言われてしまっては引き留めたくなる。
ノクティスと同じようにプロンプトも覚悟を決めていた。世界を救うためならば仕方がないと。
なのに──愛しい彼はどうして慈しむように己を見るのだ。
判っている。彼とは親友で恋人同士で、何度も愛し合った事があるから。
彼が世界を──プロンプト達が生きる世界を救う事に抵抗が無い事を。
「……っ、ばか……ノク、ト……」
堪えきれずプロンプトの瞳には涙が浮かび上がり声が震えた。
傍にいたい。これからも。この先も。
本当はこの先も共にいたいのだ。
そう思った時にはプロンプトは俯きかけた顔を上げて声を上げた。
「ノクト……オレも……っ!」
だが、紡ごうとした言葉は瞬時にノクティスの唇によって塞がれる。
重なった唇は姿は違えど昔と変わらない。
ノクティスの味だ。
「それ以上は……無しな」
プロンプトが何を言いかけたのか察したノクティスは苦笑を浮かべていた。
困ったような顔。
そんな顔をさせたい訳ではない。
プロンプトは視線を反らす。そして、敢えて今の話題を避けて返事をする。
「髭……痛い」
「お前もあんじゃん。似合わねぇから剃れよ」
「……剃ったの、見ててよ」
「…………悪い」
何故、ノクティスなのだと叫びたくなった。何故、自分を愛してくれた人がこんな目に遭わねばならぬのか。
プロンプトの初めての友人。初めての恋人。初めて愛した人。
健やかなる時も、病める時も、命が続く限り共にいたいと願ってきた。
死が二人を分かつまで、という言葉はなんと残酷なのか。
こんなにも簡単に引き離されてしまうではないか。
プロンプトが悔しさのあまりにノクティスの肩口に顔を埋めると、掴まれていた手を解放したノクティスの手がプロンプトの頭をポンポンと優しく撫でた。
「イグニスの事……頼むな」
狡い。そうして逃げられなくしてくる。
今は見えぬ彼の顔。きっと「お前は生きろ」と強い眼差しが告げてるのだ。
自分が生きられない分、自分がいなくなってから脆く崩れてしまいそうなイグニスの事を敢えて頼んでくる。
それは信頼してるからという事と、ただプロンプトが断れないというのを判っているから。
「っ……ばか……やろ」
「ありがとな……プロンプト」
頭を撫でていた手が滑り落ち、背中に回った両手がギュッと体を抱き締める。
久々の抱擁にプロンプトは堪えきれず両手をノクティスの背に回すと瞳からはボロボロと涙が溢れ落ちていく。
我慢なんてできる筈がなかったのだ。二人きりになった時から。
プロンプトの涙がノクティスの肩を濡らすが、それでもノクティスがその体を離す事は無かった。





「愛してる……プロンプト」


愛しいその両腕は今はまだ“あたたかい”


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