novel2

□初めての……
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眠る端正な横顔はテレビで見る俳優などよりもずっとずっと美しい。
美術館で見る絵画のようではないかとそっと手を伸ばす。
指先で触れた頬は柔らかく温かい。
ああ、夢ではないのだな……とそこでやっと自覚する。
ソファに座ったまま居眠りなんて珍しい光景。
しかも此処は相手にとって主人の住まい。
主人以上に気心知れた友人や兄弟のような関係だから互いに気にしないのかもしれないが、時刻はもう夕暮れ時。
主人が帰宅する頃合いに眠ったままだなんて彼らしくない。
だが、プロンプトの視線の端に映ったのは幾つかのゴミ袋と掃除用具。
そこで理解した。またあの王子が部屋を散らかしゴミ部屋にしていたのだと。
それをこの側近が短時間でここまで綺麗にしたのだと。
他にも沢山の仕事をこなしている彼が側近以上の仕事をしている。その内容がこれ。
散らかし癖のある親友に呆れる。
そして、目の前で眠るイグニスへ「お疲れ様」と呟く。
愛しい者を見つめる眼差しで。
今、プロンプトの眸にはイグニスしか映さない。
その理由。つい先日の事だ。
この目の前の彼に先日告白をした。告白をしたというよりも、不可抗力で好きと漏らしてしまった。ポロリと溢れ落ちるように。
その時は穴があったら入りたい気持ちではあったが、そんな己の気持ちをイグニスは受け止めてくれたのだ。
自分もプロンプトが好きだと。
こんなに幸せな事があって良いものかと、今はただその余韻に浸っている期間。
その時は互いに笑いあい手を繋いだ。
どこかの道を歩くとかではなく、指を絡めた恋人同士の繋ぎかたとかではなく、ただ触れあうような優しい繋ぎ方。
しかし、本当はもっともっと深いところまで彼を欲している。
彼の奥深くまで知りたい。今のままでは物足りない。
触れなくとも判るくらいに、思い出せるくらいに。
髪、手、唇、体温。彼の感触全てを。
指先を伸ばして唇をツッと撫でる。自分ならば擽ったいであろう触り方で起こしてしまっていないかと心配で。
だが、それは杞憂であった。
ピクリとも反応しない彼。本当に疲れているのだな、と思い顔を近付ける。
恐る恐る。ゆっくりと。唇をそっと重ね合わせた。
触れただけのそれは柔らかく心地いい。
嫌いじゃない。寧ろ好きだ。
初めてのキスに鼓動が高鳴る。それは好きな相手だからこそ。
もう一度、と唇を近付けた時。後頭部に伸びたイグニスの手によって躯を引き寄せられた。
ピッタリと重なった唇は先程の撫でるような可愛らしいものではない。
深く、甘い。
上擦った声が唇の隙間から漏れる。息苦しくともイグニスは容赦なく咥内から舌先で唇の隙間をなぞってくる。
ビクビクと身を震わせ唇が緩めば舌先がプロンプトの咥内へ。
歯列をなぞり、上顎をなぞり、舌先を擽る。
柔らかな舌先が己のそれに絡み、独特のその感触と温かさにゾクゾクと背筋に鳥肌が立つ。
最後にチュッと音を立ててプロンプトの舌先に吸い付いてから唇が離れる。
視界に映るのは笑みを深くした恋人。
起きていたのだと息も絶え絶えの中で認識した。策士だ。
「悪い子だな」
笑みを深くした恋人が親指の腹がプロンプトの唇の形をなぞる。
悪戯をした子供に向かって向ける言葉にしては熱を孕んだ声。熱を帯びた視線。
まるで視線だけで彼に抱かれているのでは錯覚してしまいそうな程。
「此処だと手が出せないだろう」
「……っ」
「ノクトは?」
欲情しているのではと疑う中で告げられる決定的なそれ。
次がれた問いはこの部屋の主の所在。ここまで躯を熱くしてきても何処か冷静なイグニス。
彼らしいが少しくらいは情欲の熱に溶けた気持ちに流されてくれてもいいのでは。
「……もうすぐ、帰ってくる」
「そうか、それは残念だ」
マンションの目の前で買い忘れをしたと言ったノクティスは此処に来る前に立ち寄った近所のコンビニに引き返した。
プロンプトがたった一人でこの部屋に訪れた理由はそういう事。だが、二人きりのこの時間はあっという間であろう。
近所のコンビニに戻る時間。レジで会計をする時間。
そんなもの直ぐに終わってしまう。
残念だと気落ちした溜め息が漏れてしまったのは無意識。
するとフッと笑みを溢したイグニスの指が唇から滑るように前髪へ。
額にかかるそれを払うと唇を寄せ、触れるだけの口付けを贈られ笑みが見えなくなる。
だが、そこで低く囁くように問われた。
「今日は、オレの家に来るか?」
ドキリと跳ねる心臓。ピクリと震えた躯。
更に熱くなる躯。
溶けたプロンプトの脳味噌は機能などしていなかったが、首を縦にゆっくりと動かしたのは彼を奥底から求めた本能と己の欲。

ーーああ、今日この腕に抱かれるのか

耳に届いた玄関扉の音は遠くの世界の出来事のように聞こえた。


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