novel2

□勉強
1ページ/1ページ


その日はノクティスがバイトの日。
イグニスは珍しく仕事が早く上がり自由に過ごせる時間が多かった。
その話を聞いたプロンプトは折角だからと以前から約束していた映画を共に観ようと誘いかけた、と言ってもその映画は随分前に上映したものでテレビ放映もつい最近されていたくらい。
だが、イグニスは気になってはいたが録画し忘れたと言っていて、イグニスの事を密かに想っていたプロンプトは勇気を出して一緒に観ようと誘ったのだ。
録画してブルーレイにダビングしたそれを貸してしまえばいい話かもしれないがプロンプトはただ共に過ごす時間を欲し、わざわざ一緒に観ようと言った。
告白なんてするつもりは無いが、これくらいの贅沢を許されても良いのではと。
訪れた家は広く綺麗で清潔感があり、やはり自分とは違う身分の相手なのだと痛感させられたが、幸運にも家には誰もいない。
プロンプトが緊張してしまわないようにとイグニスが家族以外の者も全員出払わせたのだ。
密かな配慮にプロンプトは胸がキュッと締め付けられ、尚更彼を好きになってしまう。
広い部屋に大きなテレビ。柔らかなソファ。綺麗なガラステーブル。
出された珈琲から漂う香りは普段自分が飲むものとは違う事が表されている。
隣には想い人。
最高の時間……の筈だった。

「あっ、ん、あぁ!」

クラスメイトに先日渡された所謂アダルトビデオの音響が鳴り響く。
どうして即濡れ場だ。どうして既に女優が肌を晒している。
丸く柔らかそうな胸を男優が揉みしだく映像。
終わった。軽蔑される。だが、少しでも弁解させて欲しい。
プロンプトは顔を真っ青にして両手をバタつかせ、首を左右に振り隣のイグニスへ普段よりも大きな声で話しかける。
少しでも今この音がイグニスの耳に入らないように。
「あああああ!!ごめん!!コレ!ちが……っ、あの、クラスメイトが押し付けてきたやつで!!持ってくる映画のやつと見た目似てて!!そんなつもりじゃ!!ちょっ、ちょっと勉強するつもりで!社会勉強ってやつ?!」
自分で言っていて意味が判らない。
社会勉強とは。健康的男子ならば普通の事だというのに、イグニス相手だとまるで罪を犯している気分になる。
必死に弁明するプロンプトの顔が真っ青から真っ赤に変化し、激しく慌てているものだからかイグニスは驚愕の表情から笑いへ。
肩を震わせてこみ上げる笑いを必死に堪えてはいるが、微かにフフッと声を出して笑ってしまっている。
「……勉強、か」
「うぅ……勉強……って事にしといて」
恥ずかしすぎて頭から湯気が出そうだ。
穴があったら入りたいとはこういう事なのだろう。
幻滅された様子では無さそうだが、やはり好きな相手にこんな痴態を晒したくは無かったとソファの上で膝を抱えたくなる。
だが、それよりも早くイグニスの右手の指の背がプロンプトの頬を撫でた。
「では、実習も必要だな」
「へ?」
綺麗な笑みがプロンプトの視界いっぱいに広がる。
キスしてしまいそうな程に近付いた顔。息を吐けば相手の唇にかかってしまいそうな程。
思わず詰まる呼吸。結ぶ唇。
左手の指先がゆっくりとプロンプトの右手の甲を撫でる。
擽られているというよりも愛撫に近いそれ。
動作はゆったり。力など入っていない。
振り払おうと思えばできるのに、できないのは惚れた弱味か。
妙な色気を漂わせる空気。視線。
立っていたら腰が抜けてしまっていたかもしれない。
イグニスがゆっくりと顔を動かし唇をプロンプトの耳元へ。
「好きだ」
「……ッ!」
吐息と共に言葉が耳を擽った。
吹き込まれた言葉一つで身体中が熱くなるというのに、吐息がそれを加速させる。
ゾクゾクと鳥肌が立つと同時に下半身に熱が集中し、先程以上の痴態を晒してしまいそうだ。
再生されたままのアダルトビデオ。聞こえてくる女優の喘ぎなどとうの昔に聞こえなくなっている。
聞こえてもそんな声よりイグニスの低い囁きと吐息の方が躯を熱くさせるのだ。
「イグ……」
「触れても、いいか?」
なんとか絞り出した声は途中で切れ、次がれた問いに返事も頷く事もできない。
肌を這う長い指先。香る香水。
それだけで頭がクラクラする。
イグニスがこんなにも近くにいるのだと。
意識せざるを得ない状況。
唇が耳の輪郭をなぞるように触れ、唇の隙間から覗いた舌先が時折這う。
「んんっ!」
「プロンプト」
返事を促すように名を呼ばれればもう限界。
触れたくても触れられなかった存在。それが目の前にある。
震えた唇から漏れる快楽による吐息。熱を帯びた瞳。
理性なんて吹き飛びプロンプトは欲を吐き出す。
「イグ……ニス、好き……好き……オレ、イグニスに……触りたい」
「……ああ、知っている。オレもお前に触れたい」
実習とはなんだったのだろうか。
こういったムードの作り方なのだろうか。
イグニスの言葉はその場限りのものなのだろうかと疑問を抱くが、それよりも奥底に仕舞っていた己の気持ちを暴かれてしまっていた真実。
イグニスの想いが本物でなくともプロンプトはこの腕に抱かれたいと瞼を伏せた。


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ