novel1

□嫉妬
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イグニスがグラディオラスと恋人になってもう三年にもなる。
キッカケはグラディオラスからの告白というもので、然程特別なエピソードがある訳でもない。
イグニス自身はグラディオラスへの感情は当初よく判らなかったが、とりあえず付き合ってから考えてほしいと言われたので付き合う事となった。
断らなかった理由はやはり長い付き合いの友人。
付き合わずして突き放した事により今後の関係に悪影響があっても困る。
相手の言うように付き合ってみて合わないと感じれば断るという手もあると判断したのだ。
今後、ノクティスの側付きと王の盾。嫌でも切っても切れぬ間柄。
穏便に済ませたかったのが本音。
しかし、予想外にもグラディオラスとの関係は良好で、好きだとか愛してるだとか言われるのは悪い気はしない。
それは相手がグラディオラスだから、という事に気付くのにそれほど時間はかからなかった。
人の目が無い時に手を繋ぎ、笑顔を向けられるだけで愛しさが増し、イグニスは付き合って半年程で己の気持ちを素直に伝え、交際の継続の希望を申し出たのだ。
あの時の面食らったグラディオラスの顔を思い出すだけでイグニスは思わず笑ってしまう。
三年も経てば互いに外見は大人へと成長し、短かったグラディオラスの髪は長くなり、下ろしていたイグニスの前髪のセットは天井を向くようになった。
それと同時に訪れるマンネリ化。
特別グラディオラスが冷たくなったとかではないが、付き合いだした当初と比べると新鮮味など無くなって当然。
過去の出来事を思い返せば甘い一時ばかり。
今が無い訳ではないがやはり慣れというものは恐ろしい。
あの頃は毎日何をしても新鮮だった。こっそりと手を繋ぐ事も、指を絡める事も、口付ける事も。
二人きりの時に指先で顎を持ち上げられ近付いてくる顔にドキドキと心臓が跳ねていた頃が懐かしい。
今となっては己から相手の頬に両手を添えて自分から口付ける。
緊張などしない。当たり前の行為になってしまったから。
あの頃の甘い二人はどこへ消えてしまったのだろうか──なんて柄にも無く考えるとフッと苦笑が漏れる。
今の関係に不満がある訳ではない。
ただ、あの頃が懐かしいというよりも羨ましい。
「……羨ましい?」
思わず漏れた一人言。
何故、羨ましいと感じるのか。
誰に?何故?
そう疑問を持ち理由を見つけ出そうと思い付く限りの可能性を脳内に張り巡らせる。
だが、思い付くものはたった一つ。

──嫉妬

しかも、それは第三者ではなく自分に対してという最悪なもの。
グラディオラスにぐちゃぐちゃに甘やかされ、不馴れな夜の営みに対してもどろどろになるまで優しくされた過去の自分に。
別に今が優しくない訳でもないのにだ。
最低だと舌を鳴らしたイグニスはふと顔を逸らせば部屋に置かれた姿見へと視線を移す。
普段は無表情のまま身なりを整えているそこに映る今の己の顔は酷い有り様。
嫉妬に歪み、泣いてしまうのではと勘違いされそうな顔。
泊まりに来たグラディオラスが部屋に戻ってくるまでにこの顔をどうにかしなくては──と思った時。
こういう時は定番だろうというように部屋の扉が開く。
イグニスの表情に目を見張るグラディオラスが一瞬言葉を失うが、「どうした?!」と心配して駆けてきた。
これ以上は誤魔化せない、というよりも誤魔化しても意味はない。
イグニスは近付いてきたグラディオラスの腕を掴み強く引き寄せる。
隙だらけだった相手の躯はイグニスが腰掛けていたベッドへ。
「……っ!」
声も上げず無様にベッドに躯を沈めた相手が身を起こせないようにとイグニスは直ぐ様相手の腰に跨がり見下ろす。
引き寄せ、跨がった時とは打って代わるように両手はゆっくりと静かに相手の顔を挟むようにベッドへ沈む。
互いに黙ったまま見つめ合ったが、イグニスは静かに唇を開く。
「グラディオ……オレは汚いのかもしれない」
「……」
「お前に愛された時間を思い出として愛するのではなく、嫉妬の対象として見てしまう。お前に愛される過去の自分すらも今の自分のものにしてしまいたくなる」
スラスラと出る本音。
羞恥心などよりも相手に自分の感情を伝える事で満足感でも得ようとしているのか。
「すまない」と一言謝罪し唇を強く噛むが、その唇を伸びてきた太く硬いグラディオラスの指先がなぞる。
ピクリと震える躯。見下ろした先の相手の顔は柔らかな笑み。
「オレにとっちゃ、今のお前も悪くないぜ」
「な……っ!」
「嫉妬しちまえよ。もっと」
次がれた言葉はイグニスにとっては不本意。
反論しようと声を上げかけたが、グラディオラスは直ぐに真剣な、今にも眼光だけで撃ち抜きそうな鋭いそれでイグニスを見つめる。
「オレに甘やかされてた昔の自分に嫉妬するとか……可愛すぎてオレの理性が持たねぇな」
「っ……」
唇を撫でていた指先が後頭部へと回り、強く引き寄せる。
突然上半身が密着し顔が近付くとあの瞳からは逃れられなくなるが、グラディオラスの唇がイグニスの耳へと寄せられ吐息がそこを刺激し言葉を囁きかける。
それだけでイグニスの背筋がゾクゾクと鳥肌が立つが強がるようにベッドに置いた両手の指先がシーツを掴み皺を作り耐えて平常心を装おう。
「今日は手加減できねぇぞ」
「……普段はしていたという事か?」
「それなりにな」
お前を壊さない程度に、と耳元に吹き込まれると随分と舐められたものだと感じた。
だが、それは違うのだと直ぐに気付く。
甘やかされていただけなのだと。
腰を撫でる手。それの意図を察するとイグニスはグラディオラスの首元に顔を埋めた。

この後、イグニスは自分の躯に対する負担により嫉妬した自分を恨む事となったという。


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