novel1

□セーター
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編み物用の玉つき針がコトリと音を鳴らして机の上に置かれる。
二本のそれは役目を終えて休憩。
盲目となり何度も何度も失敗を繰り返しこっそりと練習していた編み物は過去に触れたものとは打って変わり上手くなるまで時間を要した。
ノクティスに編んだ事があるマフラーやセーター。器用だと絶賛してくれたプロンプトに手袋。
過去にそうして身につけた教養の一つではあるが、王子の側付きとして必要だったかどうかは判らない。
だが、ノクティスは呆れながらもそれを突き返してきたりは決してしなかった。
ノクティスがクリスタルで力を溜めるようになってもうすぐ10年。
世界を光が完全に照らさなくなり何年経つだろうか。
太陽が姿を見せないだけでこんなにも気温が低くなるのかとグラディオラスと話したのは随分と前。
グラディオラスが過去にノクティスがイグニスに編んで貰ったセーターを思い出し「あれ、あったかそうだったよな」なんてポツリと呟いたものだから、イグニスは編んでやりたくなったのだ。
だが、盲目となった今では容易くできる筈もなく手先に神経を張り巡らせて何度も何度も練習した。
ふんわりとした毛糸がしっかりと頭も両腕も通せて衣服として活用できるように形作られるようになるまでどれほどの時間を要したか。
大きなV字の襟元。鎖骨が見えるこのデザインはきっとグラディオラスの躰によく映える。
着てみて違和感は無いだろうかとイグニスは己のシャツを脱ぎ、その出来上がったばかりのセーターに袖を通す。
違和感は無い。毛糸も柔らかく温かい。
サイズは自分の躰には大きいが、愛しい恋人に合わせて作られているので問題は無いだろう。
このセーターをグラディオラスが袖を通す。きっと通してくれる。
そう思うだけで胸が踊り自然と口元に笑みが溢れ落ちた。
瞼を閉じて過去に見た恋人の姿と想像のセーターを重ねる。
ソファに身を預けセーターの温かさを堪能していると、背後からスルリと頬を撫でてきた優しい手。
突然の出来事に驚いたが、別段大きな反応を見せず瞼を閉じたまま唇を開く。
「おかえり」
「おう、随分といいもん着てるじゃねぇか」
「ああ、できたばかりなんだ」
頬を撫でたまま背後に立つグラディオラスの視線は机の上の玉つき針へ。
手作りなのだと判ってはいたが、盲目となった今もそれができる事に感心する。器用なものだと。
頬を撫でる手にイグニスの温かな手が重なる。
「遅くなってしまった……着てくれるか?」
「……当たり前だろうが。いつでも持ってこい」
大きめのそれが己のもので、それに袖を先に通す恋人の姿。
愛しすぎるその光景に堪らず口角を上げて笑みを浮かべたグラディオラスは背後からそっとイグニスを抱き締めた。


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