チキンはぁと何本勝負?

□チキンはぁと何本勝負? 51
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裏切りは常套句に含ませて、高らかに宣言しよう






摩耶以外の者達は、微々たりとも、動かない。

其の、歩いて居る、摩耶の足音は、響かない。


摩耶の秘密特技の1つだ。

足音を立てずに歩くのは。


だが、今は、そんな事、どうだって良いのだ。

問題は、摩耶が、どう動くのかに因って、決まるのだから。


墓猫に向かって、ゆっくりと、其れで居て、穏やかに、真っ直ぐに歩いて行く。

風鵺と男子達を追い越し、墓猫にスライディング土下座をした事で1番、墓猫に近かった喧花までも追い越し、黒猫の目の前まで来た。





(摩耶)「はい、どうぞ。墓猫さん。」





誰もが、あの墓猫さえ、目から鱗が落ちるだろうと言う程に目を見開いた。

なんと、手に乗せた、摩耶自身の“命”とも呼べる代物の生玉を、墓猫の前に差し出したのだ。





(枝折翔)「なっ!?何やっとんじゃッ、お前ぇええええ!?!?」



(摩耶)「あのね、コレあげる代わりに、頼み事を1つ、聞いて欲しいの。」





枝折翔の渾身のツッコミを聞こえなかった様にスルーして、照れ臭そうに、墓猫に微笑む摩耶。

いや、あの様子だと、実際、枝折翔の声なんて、墓猫に夢中で、聞こえて居なかったのかも知れない……。。。





(墓猫)「?」





『何だ?』と聞く様に首を傾げる墓猫。

しかし、腹の中では、摩耶の回答は分かり切って居た。


きっと、摩耶は、“取引”を持ち掛けて来るのだろうと。

自分の生玉と、喧花の生玉を交換して欲しいのだろうと。


犯罪行為で、人質を取った時に、良くあるパターンの1つである。

『彼女の代わりに俺を!』、『我が子の代わりに私を!』と、自らの命を投げ打ってでも、誰かを救おうとする者が居る。


そう、偽善者だ。

其れは、欺瞞だ。


墓猫は、卑しく、侮蔑を込めて摩耶を見遣る。

美しい自己犠牲精神は、何も報われない、哀れな存在だ。

此の娘も、其の内の1人に過ぎないのだろうと、そう思って居た。



だが、摩耶の発言は、全く違った。

墓猫の予想を遥かに上回った台詞を発した。





(摩耶)「貴方の、本当の名前を教えて欲しいの♡」





『黒猫擬き』と言う見た侭の仮名では無く、『墓猫』と言う俗称でも無く、本当の名前である実名をと…。

其れと、引換なら、自身の“命”である生玉は、要らないし、惜しくも無いと、摩耶の瞳は、語って居た。





ズテテーーーーンッ!!!





其の台詞を聞いた一同は、何時(イツ)ぞやの三郎神(仮)が遣った様に、ギャグの古典的な転び方であるヘッドスライディングを、かました。

只、1匹、墓猫を覗いては…――――。。。


摩耶の瞳に、嘘、偽りの色は、見られない。

何より、吐かれた言葉に、戸惑って居た…。





(?)「(名前?)」





摩耶は、無垢で無知過ぎる薄情な少女だ。

自分や友の“命”より、化け物である此の身の“真の名”が欲しいと、少女は、一片の曇りも無く告げて来る。

本当の命の遣り取りをして居る真っ只中だと言うのに、緊張感も、危機感も、全く無く、畏怖も、恐怖も無い。



墓猫は、本当に驚いて、呆然として居る。

しかし、やがて、表情に影が低く落ちる。

其の印象は、今までの物と明らかに違う。



開きそうになった口元から、喧花の生玉が落ちそうに成り、墓猫は、慌てて、再び、口元に力を入れ直す。

そうだ、此れは口を開かせ、生玉を落とさせて、透かさずに、其れを奪取しようとする狡猾な作戦だと、そう思い込もうとして、首を左右に軽く振る。


だって、此の姿では、人語を喋れない。

墓猫の姿の侭では、意思疎通、基(モトイ)、真面(マトモ)な“会話”は、背中の蝶を使ってでの、モールス信号位でしか、今まで、成り立たせられなかったのだから……。


だが、態々(ワザワザ)、人語を成せない口を使おうとした其の時点で、逆転と成るチャンスの機会を、与えてしまった。

墓猫が動揺を隠し通す所か、自ら、其の致命的欠点を、白日の下に晒す行為を取ったに等しい事を、無意識の内と言えど、行ってしまったのは、明白だった。



そんな墓猫の動揺を、其の隙を、見逃さなかったのは、男子達だった。

墓猫が、摩耶に、完全に気を取られて居る隙に、直ぐ様、行動に出た。





(枝折翔)「鬼姫!!」





名字で呼ばれた喧花が枝折翔へと振り返る。

枝折翔は長さが、左右、長短に分かれて居る短い方の太鼓バチを、摩耶の背に向かって投げた。


其れを瞬時に捕らえた喧花は、反射的に、摩耶に飛び掛かり、2人して、地面に倒れ込む。

摩耶が壁と成って見えなかった太鼓バチに、困惑して居た墓猫が避けられる筈も、防御出来る筈も無く、太鼓バチは見事、墓猫の藤の房に隠れて居る見えない片目の方に、思いっ切り、ぶつかった。





(?)「に゙ょ、ん!?」





其の衝撃と痛さで、悲鳴を上げてしまい、ついに、喧花の生玉を手放した。

其れのみならず、宙に放り出された生玉は、太鼓バチと共に、跳ね返って、綺麗な弧を描いて、太鼓バチの持ち主である枝折翔の手元に収まる。


喧花も摩耶から、生玉を取り上げ、暴れる摩耶を抑え、抱え込みながら、枝折翔達の所まで、素早く後退する。

御蔭様で、喧花の生玉を奪取する事に成功し、尚且(ナオカ)つ、摩耶自身と、摩耶の“命”である生玉も、無事に確保し、保護した。





(?)「に゙ょーーーん゙」





甘い艶(ツヤ)のある色が消え、只、低く険呑さを、怒りの色だけを塗りたくった刺々(トゲトゲ)しい鳴き声。

其の顔には『良くも遣ってくれたな』と、ありありと書かれて居た。


しかし、其れも一瞬の刹那。

墓猫は、軽く、鼻白(ハナジロ)んだ。


そして、男子達の鈴を、掴んで居る3本の尻尾を、ユラユラと揺らした。

まだ、此方に分(ブ)がある…と。





(nil)「クックック、ハ、ハハハハハ!」





しかし、ココに来て、nilも、また、沈黙を破る。

ゆるり、と、瞼(マブタ)を伏(フ)せ、項垂れる様にして俯(ウツム)き、そして、嗤った。

しかし、其れでも堪え切れずに、今度は、天を高く仰(アオ)ぎ、喉も肩も、全身を大きく震わせて、可笑しそうに嗤って居た。

そんなnilの不可解で、何処か癪(シャク)に触る笑い声を耳にして、墓猫が、怪訝そうに眉を顰(ヒソ)めて、nilを、ジロジロと、見る。





(nil)「莫ぁ迦ァ!案の定、騙されてやんの。未だに気付かねぇとか、有り得ねぇだろ!!」





そう言って、また俯く様に、身体を『く』の字に曲げて嗤いを堪(コラ)える。

墓猫は、苛立ちを感じながらも、nilの其の様子を、暫(シバ)しの間、凝視(ギョウシ)する。





(nil以外の一同)「「「「?」」」」





状況が、上手く呑み込めない。

当の本人である、nilを除いて…。

其れは、墓猫に限らず、其処に居る全員が同じだった。





(?)「!」





だが、墓猫の耳が、ピン!と立ち、目を見開かせた。

其れを愉快そうに眺めて、止(トド)めを刺そうと断言するnil。





(nil)「生憎と、甘ちゃん共と違って、何かを信じられる程、人間出来ちゃ居ねぇよ。」





彼が、クルリと、片手を回すと、 綺麗な金色の生玉が2つと、銅色の生玉が1つ、指の間に挟まれた状態で現れた。

2つの金色の生玉には、ちゃんと、百合と菫の2種類の花柄が、其々(ソレゾレ)に描かれて居る。

残り1つの銅色の生玉にも、薔薇の花柄が、しっかりと、描かれて居る。



金は、男性のシンボル。

銀は、女性のシンボル。

銅は、両性具有のシンボル。

だから、男には金色の生玉で、女は銀色の生玉で、銅色は、両性具有の生玉の色と、決まって居る。



墓猫が、自身の尻尾にある鈴を、良く見る。

すると、其れが、偽物である事に気が付く。





(?)「!?」





『何時(イツ)から!?』と驚きの表情を見せる墓猫に、ニヤリと、悪(アク)どい笑みを向けるnil。





(nil)「嬉しいねぇ。ドジャー冥利に尽きるぜ。」





【Dodger(ドジャー)】とは…、

イカサマ師。ペテン師。不正直な人。素早く身をかわす人。誤魔化(ゴマカシ)しの上手い人を指(サ)す。





(?)「シャーーフーー!!」





墓猫が、『茶化(チャカ)すな!』とでも言う様に、威嚇(イカク)する。

其れに対し、真顔に戻り、冷徹な眼差しで、見下す様に答える。




(nil)「…端(ハナ)っからだよ。言っただろ、信じちゃ居ねぇって。」





男子達が、花を咲かせた瞬間から、既にnilの“能力”…だけで無く、昔から磨き上げて来たマジシャンとしての技の罠(トラップ)にも掛かって居たのだ。

勿論、墓猫を含めた、枝折翔と仙祥も鮮やかに騙されたのだ。『準備無くしてマジシャンは舞台に立たない!』と言うが、まさに其の通りだったのだ。










And that's all
(それでおしまい…?)

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