チキンはぁと何本勝負?

□チキンはぁと何本勝負? 29
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≪シャラン≫


魔を祓い退ける様な、高い音色の鈴が、鳴る。






彼女は其の細い両手に、不釣り合いなモノを持って居る。其れは得物。透き通る様な透明な、大鎌。



彼女は、歩く事を止めない。

襲い掛かって来る大勢の≪幽霊≫の攻撃を物ともせず、フワッと浮く様に、花弁が舞い上がる様に跳び上がり、攻撃をかわし、其の可憐な動きと共に、顔に貼り付けた小さな微笑で幽霊達を魅了する。


そして彼女は、手にして居る大きな鎌を舞い踊る様に振りかざし、無数の円を描く様に振るって行く。

其の度に、何処からか鈴の音が鳴った。≪シャラン、シャン、シャン≫と、潮騒の様に遠く近くに鳴り響き、空を揺らして行く…―――。





地に黒い血を流しながら、幽霊達が這い蹲る様に横たわる中、ただ1人、鈴が鳴る其の中を、彼女は歩いて行く。

暫く歩いた後、彼女は歩く事を止める。すると、其れに合わせるかの様に、鈴の音が、空気を震わせるのを止めた。


そして、≪シャラン……≫と、最後の鈴の音の余韻が完全に消える頃、彼女は、無数の影の輪の中に居た。

一瞬で、彼女を囲う様に現れた無数の影達。そして、其の輪から少し離れた所の向かい側、真正面に佇む2つの別の影。

其の影こそ、彼女が此処で初めて歩く事を止めた要因だ。





(摩耶)「菓子宮 摩耶。」





自身を囲う影達は気にせず、真っ直ぐ目の前の2人を見据え、物怖じせず整然と、且(カ)つ、誠実に名乗った。





(nil)「2度目になるが、幻夜庵 nilだ。」





摩耶の名乗りに、nilがガジガジと片手の親指の爪を噛むのを止め、無愛想ながらに名乗り返す。

其の返事に、コクリ、と頷き、了承した後、視線をnilの隣に立って居る次郎神(仮)へと移し、名乗りを促す。





(次郎神(仮))「………。」





しかし、次郎神(仮)は黙った侭。そして、無言の侭、スッと腕を持ち上げ、人差し指だけをクイッと曲げた。





……ぁぁああああああァァアアアア……



……オオオオオォォォオオオォォォ……





すると、摩耶を囲って居た影達が沈黙を破り、不気味な嗄声(サセイ)を奏でながら動き出した。

摩耶を囲って居たのは、幽霊達では無かった。いや、其れ処か、生き人ですら無かった。あたかも生きた人間の様に見えるが、其れは、等身大の式神。次郎神(仮)の式神達だったのだ。





バッ!





次郎神(仮)が先程、持ち上げた腕を、勢い良く振り落とした。

其れを合図に、式神達が、其の手に握られた武器や凶器が、摩耶を目掛けて繰り出される。

だと言うのに、其れでも摩耶は、式神達には目もくれない。只、目を少し細め、次郎神(仮)へと未だに視線を固定して居る。


式神達の得物の切っ先が、摩耶に触れる瞬間、摩耶は溜息を吐いた。

其の途端に、様々な武器等は、花火が咲き誇る様に、勢い良く、弾けた。





(摩耶)「甘い。」






いいや、実際、其の場に居た全員の目には、武器が花火に変わったかの様に見えた。

確かに、鮮やかに、爆ぜたのだ。色取り取りの玉達が、四方八方にキラキラと飛び散るのを…―――。





バシッ、ガツッ、ガッ、ガッ、ガン!





そうして飛び散った玉の殆(ホトン)どは、摩耶を囲む式神達に、見事、命中する。

玉に当たった式神達は、皆、後ろに、のめって行き、後方の者達と同様に、倒れ伏す。

玉が命中したであろう箇所には、小さな窪(クボ)みがある。そして、窪みには、何かが詰まって居た。





(nil)「武器の破片か、弾丸か?…………っ!?」





目を凝らして見た物に、nilは目を丸くした。

詰まって居たのは、弾けた武器の破片でも、弾丸でもない。





(nil)「飴玉ぁ!??」





駄菓子屋さんでは、定番の、昔懐かしの、大玉キャンディーだった。





(nil)「!」





其処で、nilは、ある事に気付く。

バッ!と、勢い良く面を上げ、摩耶の周りの床に視線を泳がせる。

飴玉が当たっただけだと言うのに、式神の露出された肌には、へこみ、ひび割れた跡があった。

そして、式神の倒れて居る辺りには、色取り取りの……―――飴玉達。


何故、今まで疑問に思わなかったのだろう?式神達が飴玉攻撃をされてる時に。

己の武器を取られ、其れで、しっぺ返しを食らった者なら兎も角、只、飴玉攻撃に遭っただけなら…―――、

予想外の攻撃に、驚いて、よろめくか、怯(ヒル)み、戸惑うかの、一瞬の動きを止める、精々、其れ位の隙を突く程度にしか、成らない。



飴玉如きが当たった位で、気絶はしない!!



だと言うのに、式神達は、復活する気配が無い。一向に、起き上がらない。



異常だ…。

起きない式神達もだが、何より其れ所か、式神のボディまでも、傷物にする飴玉攻撃。

其れはもう、腕力、云々(ウンヌン)の次元では無い。変だ。異常だ。奇怪し過ぎる。何処をどう考えたって、“次郎神(仮)が作った特別性能の絡繰(カラク)り人形式神”からは考えられない。


次郎神(仮)が、スッ…と、身を屈(カガ)め、足元に転がって居た飴玉を、拾う。

拾ったソレを、軽く指で弄(モテアソ)び、眺めた後、早々に興味が失せた様に、ポイッとnilの方へと放る。





(次郎神(仮))「フン……下らぬ。」



(nil)「ぅぉっ!?」





軽く放られたソレを、キャッチで受け取ったnilの手が、僅かに揺れた。

次郎神(仮)の拾った1粒は、異常なまでに固く、重かった。まるで…鉄か鉛の珠(タマ)だ。



見た目は確かに飴玉だが、違う。



飴玉を硬化、又は、鉱物へと換えた後、投げた。

しかも、御丁寧に、換えた本人にとっては、普通の重量の飴玉でしか無い様に、質量操作までして。


コレが当たっては、式神達が壊されても、仕方が無いだろう。

nilが其処まで理解すると同時に、他の式神達は壊された只の人型の人形へと姿を戻して居た。





(摩耶)「ねぇ、其処の“温室育ちの御坊っちゃん”?」





其の挑発めいた台詞に、ピクリッ、と、次郎神(仮)の眉毛が反応するのと、次郎神(仮)が摩耶に向かって錫杖を投擲するのは同時。





(次郎神(仮))「ア゙?誰が温室育ちの餓鬼と?小娘」





しかし、摩耶が難無く掴み取ると“ソレ”は金の輪を付けた錫杖ではなくなって居た。

長い棒状で、表面には融かした砂糖を塗って居り、桜色に着色されている麩菓子に変わって居た。(主に静岡県で有名なアレだ。ジャンボさくら棒)

摩耶が少し力を込めると、其れは軽快な音を立てて、つぶれて、『へ』の字に曲がり下がった。





(摩耶)「そう言われたくないのなら、しっかり礼儀を通す事よ。」



(次郎神(仮))「…nil、下(サガ)れ。」



(nil)「…分ぁったよ。」





雪降る冬を思わす、凛と冷たくも、静かながら、低く凄みのあるドスの利いた声で、摩耶から目を離さず、nilに命令をする次郎神(仮)。





(次郎神(仮))「名乗る気は毛頭無い。」



(摩耶)「そう。…覚悟は良い?次郎神(仮)」



(次郎神(仮))「……どうやら、礼儀を教える事になるのは此方側になるらしいな。」



(摩耶)「さぁ?どうなのかしら?」





空間を、酷く冷たく重苦しく、押し潰されそうな程の重たい重力を伴(トモナ)った雰囲気が、埋め尽くして行く。

其の証拠に、幽霊達は恐怖に震える事すら出来ず、許されずに、地に押し潰された侭、微動だに出来ない。


nilも内心では僅(ワズ)かながらも畏怖の念を感じ、体は金縛りにあったかの様に動かなかった。

必然的にも、舞台は摩耶と次郎神(仮)の2人舞台となる。





(次郎神(仮))「上等だ。“腹芸(ハラゲイ)”や“空想虚構症(ミュトマニア)”ばかりの御遊戯小娘如きが…」





心底、忌ま忌まし気に、舌を打つ。

眼差しに宿る険しさが増す。

瞳や面差(オモザ)しに落ちる影が、濃くなる。

其のせいか、双(フタ)つの眸(メ)は怪しいまでに爛々と輝く。





(摩耶)「“人形遊び”が御得意で“少女趣味”な素敵箱入り乙男(オトメン)御坊っちゃん風情が…」





乙男とは、乙女的趣味の考えを持ち、料理や裁縫等の家事全般に、才能を発揮する男子。

または、乙女の様な心を持ちつつ、男らしさを兼ね揃えた若いイケメン男性の事を言う。





(次郎神(仮))「さて、不本意ながら、始めようか。儀式に因る饗宴を。」





片方は、其の瞳のサファイアに、氷の如くの冷やかさを灯しながら、無表情で。





(摩耶)「世の中で甘いのは、甘味だけだって事、教えてあげる。此の喧嘩で。」





片方は、其の瞳のサファイアに、氷の如くの冷やかさを灯しながら、微笑んで。




3つ目の、饗宴が始まったよ!

(逢って、怖い、怖い。)





死神が掲げる様な大鎌を構えたる者は、多種多様な武器を構える兵(ツワモノ)の獲物を見て、小さく笑む。

だが、湛えられた笑みは、屈託の無い其れ等等(ラナド)とは違う。瞬きをしてれば、見逃してしまうだろう程の小さな笑み。

直ぐに真顔へと戻った彼女の双眸には、研ぎ澄まされた氷柱(ツララ)の様な、凄絶なまでの冷たい狩人の閃(キラメ)く光が宿って居た…。











And that's all
(それでおしまい…?)

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