身代わり人形は果たして誰か 長年に渡り続いた戦争のせいで、荒れた魂は、神々の体に変調を来して居た。 褐色や色白の肌は黒く煤けて怪我や痣(アザ)だらけで、深紅や金色に輝いて居た髪は、数多の血で赤黒く変色し、白金色や銀色だった瞳は黒く澱んで居た。 だが、誕生したばかりの幼い男神と女神は違った。 勇ましさを感じる褐色。 清らかさを感じる色白。 太陽の様に煌々(コウコウ)と輝く深紅。 月の様に爛々(ランラン)と輝く金色。 頭が上がらない程の力に満ちた白金色の光。 抗(アラガ)いがたい魅力(ミリョク)に溢(アフ)れた銀色の光。 其れは、かつての自分達の先祖の様に。 そして、“星”と成った男神と女神の始祖神(シソシン)様に。 其の神々しい姿を見た瞬間、神々は、我に返るよりも、先に平伏(ヒレフ)した。 穢れの無い、幼くも、尊(トウト)く、光り輝く姿を前に、皆、両手の指を、折り組み合わせ畳(タタ)み、其れを額に当て、許しを乞う様に目を閉じて、涙を流した。 幼い男神と女神が、平伏した者達に次々と触れて行く。 すると、其の者達に、こびり付いて居た穢れは、幼い男神と女神へと移り変わり、本来の美しい姿へと身を清められた。 幼い男神と女神が起こした“奇跡”の御蔭(オカゲ)で、両国共に、以前の繁栄が戻った。 そして再び、心洗われ、かつての輝きを取り戻した金烏帝国と、玉兎王国の間には、不干渉の契りの約束が、結び直された。 皆の黒不浄(クロフジョウ)の穢れを、一身に請け負った幼い男神と女神は、其の身を癒し、清める為、“誓いの塔”と“祈りの塔”へと籠(コ)もった。 しかし、思った以上に黒不浄の穢れは強力だったのか、幼い男神と女神の髪色と瞳の色は濁ってしまった侭だった。 そんな幼い男神と女神は、皆に無い神通力を持った存在として祀(マツ)られ、敬(ウヤマ)われ、畏(オソ)れられた。 結果、幼い男神と女神は、皆から、余所余所(ヨソヨソ)しく、接しづらい者として、恐(オソ)る恐る話しかけられたり、必要以上に変に気を遣われたりと、腫れ物扱いを受ける。 そして、幾(イク)ばくかの時間が流れ去った頃、惨憺(サンタン)たる悲劇と喜劇が、幕を開けた。 奇跡を起こした頃から、少しだけ成長した女神は、今日も“祈りの塔”に籠もり、静かに泣いて居た。 悲しみだけで満たされた涙の雫達を、必死で手で拭(ヌグ)う女神は、塔の外からの、騒音が聞こえなかった。 バゴッ!! (女神)「!?」 突如(トツジョ)、女神の涙を止める出来事が起こった。 目の前の塔の壁をブチ破って、腕が乱入して来たのだ。 (?)「あり?騙された?」 腕の先に付いて居る手が、握っては開かれ、また、握っては開かれを数回繰り返された後、女神達の声とは思えない低い声で、しかも妙に陽気な声音が耳に入って来た。 (女神)「……誰ぞよ?」 (?)「!……ちょっと伏せてて。」 女神の存在に気付いたのか、壁の向こう側の者が、声を掛けて来た。 訳も分からず、混乱しつつも、言われた通りに、頭を抱えて伏せる。 (女神)「伏せたぞよ。」 (?)「ん。良い子。」 ザンッ ガンッ ドカンッ ガラガラガシャン! 次の瞬間、頭上から上部分の塔が何かで切られ、蹴飛ばされ、月宮殿の壁に当たり、粉々に砕け落ちた。 特別な素材で出来た強固な塔を、あっさりと壊した…と、塔の成れの果てを見て、呆然とする女神に、先程の低くて陽気な声が降って来る。 破壊された塔とは反対側を見上げれば、其処には、漆黒色の錫杖(シャクジョウ)を肩に担(カツ)いだ自分と同年代位の男神らしき者が、たった1人で、悠々(ユウユウ)と、立って居た。 しかし、髪色は、深紅では無い。 髪色は、白に近いが、白髪と言う訳でも無く、近くで見ると、薄紅色だ。 ニコニコとしていた目を見開けられれば、瞳の色は金色では無い。 黒曜石(コクヨウセキ)と謳(ウタ)われる、漆黒の黒色で、其の瞳は、何処か無機質で硬質的だ。 (?)「ふ〜ん。髪の色は金色じゃなくて、灰色。瞳の色は銀色じゃなくて、銀灰色…か。間違いないね。」 確認する様に、女神をジロジロと見回した後、男神らしき者は、目線を合わせる様に、しゃがみ込み、お互いに見つめ合った。 (女神)「女神…じゃないぞよね?」 (?)「あっは。女神に見える?」 色々と、一気に起きた、突然な出来事達に、女神は唖然(アゼン)とした。 大きな目を見開き、動揺と不安に揺れる瞳を、無防備に晒(サラ)しながら、すこぶる明るく、元気一杯な謎の男神らしき者を、凝視(ギョウシ)する。 そんな女神の戸惑(トマド)う様子を、揶揄(ヤユ)する様に、軽く笑い、唇を意地悪そうに、三日月形に歪めて、男神は、質問に質問で返し、更に女神を混乱させては、揶揄(カラカ)った。 (女神)「君様チャンは、男神ぞよか?」 (?)「確かめてみる?」 軽く笑う男神らしき者を見つめながら、漸(ヨウヤク)く、思考が現実に戻りかけて来た女神が、絞り出す様に、弱々しくも小さな声で、確認を取る様に、再度、問う。 今度も、誤魔化(ゴマカ)すかの如く、茶化す口調に、楽し気な色が加えられた声音で、男神らしき者が、また、質問に質問で返す様に、女神に、確かめてみるかと、聞く。 女神は、意味が分からず、眉間(ミケン)を、皺(シワ)立たせる。 其の様な反応を示す、女神の心情を、容易(タヤス)く見透かす様に、益々(マスマス)笑い、唆(ソソノカ)すみたいに、色白で細い手を捕(ト)らえて、自らの胸元に、其の手を押し付けた。 無理矢理、押し付けられた、其の胸元には、全く柔らかい膨(フク)らみは無く、胸板が厚い感触を服越しに感じた女神は、何故こうも疑問と謎が、てんこ盛りに成って、押し寄せて来るのかと、顰(シカ)めっ面をした。 (女神)「どうして…、太陽の“純陽(ジュンヨウ)の王子様(プリンス)”である君様チャンが此処に?」 (男神)「クスッ…会いたかったよ。“純陰(ジュンイン)の御姫様(プリンセス)”であり、俺の“宿命の片翼(ベターハーフ)”。」 女神の問い等、気にも留(ト)めず嬉しそうに言葉を投げ付けて来る此の男神の正体は…――――、 “星”と成った、始祖、男神と女神の代わりに、神々の穢れを引き受けるよう、太陽と月の国の元へ遣(ツカ)わされた、女神と同じ身代わり人形の『宿命』を背負いし、同じ存在だった。 And that's all…? (それでおしまい…?) |