前日譚【後編】

□初花は久遠の約束 01
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四つ葉のクローバー探しに夢中







今や世界で、唯一、息衝く“星”に、≪四季≫と言う物が出来た。

四季は、暖かい『春』、暑い『夏』、涼しい『秋』、寒い『冬』と、四つの季節で、出来て居る。


“命”を宿す肉体を、年がら年中、忙(セワ)しなく動かす生命体達に、配慮しての事だろう。

謂わば、交代制度の様な物で、肉体を酷使し過ぎて、過労死しない様に、休息を取る様に、生み出された規則の様な物だ。

そして、其々(ソレゾレ)が、より一層、此の星を、居心地良く、快適に過ごし、星全体に、満遍(マンベン)なく“命”が行き渡り、自由に巡れる様にと、創り出された慈愛に満ち溢(アフ)れるシステム。


しかし、其の温情を与えられない例外が、存在した。

其れは、体力も精神力も、少し位の事では、へこたれない、タフな戦士と成り、『Hati』と『Sköll』と言う名を授けられた、かつて、男神と女神の御子だった2人。


そして、異例もあった。

光でも、空気でも、水でも、土から得る栄養でも無く、純粋な神気のみで育った、1本の桜の木。

非常に生命力が強く、四季問わず、其れこそ、年がら年中、絶え間なく、薄紅色の花を、咲き乱れさせた満開の状態の侭の、巨大な大樹。


其の咲き誇る桜の木を、HatiとSköllは、棲み家として居た。

Hatiは、桜の木の中で1番太く、自分が余裕で、軽く寝転がれる逞(タクマ)しい枝に、仰向けに横たわり、軽く瞼を伏せ、微睡(マドロ)みの中、穏やかに微笑み、思う。





(Hati)「(春は花々が、いっぱい咲き乱れて、華やかで好き。夏は暑いけれど、緑や水が、キラキラして居て好き。秋は紅葉も素敵だけど、美味しい食べ物が、いっぱいで好き。冬は、寒いけれど、綺麗な雪が、いっぱい舞い降りて来て好き。)」





温情は与えられずとも、戦士にも休息は必要だ。

其れに、そんな物、与えられずとも、メリットは、有った。

Hatiが思った通り、4つの季節の、どれにも属して居ないからこそ、春・夏・秋・冬と、一通りの良さを味わえると言う楽しみを、得る事が出来た。





(Sköll)「……寒、い。」



(Hati)「寒くない。今は暖かな春よ?Sköll。」





真夏を思わせる体温が、体を包み込んだと思ったら、耳元で聞こえた、弱々しく、掠(カス)れた、今にも壊れて消えてしまいそうなアルトの音色の声。

しかし、其の声音の裏には、あからさまに、ワザとらしく、芝居(シバイ)がかった態度を取って居るであろう事は、瞳を閉じた状態からでも、手に取る様に分かった。





(Sköll)「真冬並みに、君が寒いんだよ。」



(Hati)「Sköllが暑苦しいだけ。」



(Sköll)「だから、温めてあげようと思って。優しいネ、俺。」



(Hati)「お願いだから、言葉のキャッチボールを、しっかりやって。」





Sköllの体温は、男神の頃の名残か、体温が高い。

対して、Hatiも、女神の頃の名残か、体温が低い。


其れでも、2人の生みの親である始祖神の様に、触れ合えない訳では無い。

現に、こうして、2人はお互いの体温差に文句を言い合いながらも、触れ合い、抱き合える事が出来る。


ゆっくり、瞼を持ち上げる。

見えたのは、案の定、平然と笑みを浮かべて居るSköllの顔。





(Sköll)「あ、俺の勝ち。」



(Hati)「何が、勝ちなの?」



(Sköll)「君が俺を心配して、目を開けちゃったから、俺の勝ち。」



(Hati)「いや、其れだけは絶対に無い。」



(Sköll)「いやー、勝てるのかどうか、ハラハラしちゃったヨ、俺。」





言う割には、とても楽し気な眼に、意地悪そうに、歪められた口元。

そして、相変わらず会話を成り立たせてくれないSköllに、Hatiは小さく溜息を吐いた。





(Sköll)「溜息を吐くと、幸せが逃げちゃうゾ☆」



(Hati)「一体、誰がそうさせてると…、」





Hatiの言葉は、最後まで続かない。

何故なら、Hatiの唇は、言葉を紡(ツム)ぐ途中で、Sköllの唇に因(ヨ)って、塞がれたからだ。





(Hati)「!?」





Sköllの突然の不意打ちに、Hatiは大きく目を見張る。

驚愕した表情で、Sköllの顔を見ると、確信めいた笑みが滲(ニジ)んで居た。

また、其の目の奥の瞳には、『してやったり』と、成功した愉快犯としての、ご満悦の色が、はっきりと見えた。





(Hati)「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!?」





驚いて、頭の中が、混乱する。

反射的に、引き剥がそうとするが、より一層、強く抱き締められて、無理だった。


随分と、そうして抱き締められ、キスをされて居た。

しかし、只々、塞がれ続けるだけの長い口付けに、歯痒(ハガユ)さを感じ始めた頃、漸く、キスからは、解放された。





(Hati)「なん……急に、何、するの。」



(Sköll)「物足りない?」



(Hati)「は?……はぁ!?そ、そんな訳…――――、」



(Sköll)「此れ以上、俺の御姫様の幸せが逃げない為に、だよ。」



(Hati)「……。」





Sköllは、何時(イツ)も、張り付けて居る、笑みと言う名の仮面を、取り外す。

普段、滅多な事では、感情を表に出さない瞳は、酷く真っ直ぐで、Hatiを射抜く様な強い目で、じぃっと、見つめる。





(Hati)「……Sköll?」





あの強いSköllが、不安を感じて居る。

其の事は、直ぐに分かったが、何に対して、不安に襲われて居るのかが、Hatiには、分からなかった。


名を呼ぶ。

でも、其の続きの言葉が出て来ない。


其れはそうだ。

不安の原因が分からない以上、何の言葉を掛ければ良いのかなんて、思い付く筈も無かった。


簡単に、『何だか分からないけど、元気出して!』なんて、其の場凌(バシノ)ぎの無責任な物言いはしない。

そんな逃げる様な避(サ)け方で、大切なSköllのSOSのシグナルを、恰(アタカ)も無かったかの様に、片付ける手段を取っては、いけないし、取りたくも無い。





(Sköll)「ねぇ、Hati…、」





ゴロゴロゴロッ





Sköllが言葉を紡ごうとした矢先、タイミング悪く、果てしなく晴れやかに澄み渡る空の青さが、急変した。

黒い雲が近付いて来て、空が急に暗く成り、間を置く事無く、凍(イ)て付いた強い風が吹き抜け、雷の鳴る音が聞こえ、どんよりした空模様に変わった。



其れは、束の間の休息の終わりを示す。

と同時に、戦いの始まりを告げる合図だ。





(Sköll)「行こっか♪」





Sköllが、Hatiの上から退(ド)き、立ち上がり、空の様子を確認した後、再び、視線をHatiへと移した。

其処には、もう、先程の不安は微塵たりとも無く、何時も通りに不敵な笑みを浮かべ、泰然(タイゼン)と立って、無邪気な子供がピクニックに出かける様な気軽さで、楽し気な声をHatiに掛け、手を差し出して来る。





(Sköll)「俺の、“宿命の片翼(ベターハーフ)”。」





“宿命の片翼”

初めて会った時にも言われた言葉。

あの時は、意味が分からなかったが、知恵の樹に成った禁断の果実である林檎を食べた時に、其の言葉の意味を知り、理解した。


“ベターハーフ”とは、簡単に言って、“玉女”の事。

玉女とは、本来、『玉の様に美しい女性』、『仙女』、『天女』と言う意味を持つが、此の場合では、唯一無二の珠玉(シュギョク)たる妻と成る者の意味合いを持つ。


其れを小酒落(コジャレ)た言葉で表現した物言いが、“宿命の片翼”だった。

そして、“玉女”は、≪生涯のパートナー≫と言う女人(ニョニン)の称であると同時に、伴侶(ハンリョ)が吐き出す毒を受け止め、浄化する役目を担(ニナ)った存在である。





(Hati)「はい。」





でも、先程、Sköllは、毒を吐き出さなかった。

其れが、Hatiにも分かってしまったから、分からなくなってしまった。

月の王国で、全ての女神達の不浄を浄化して来たと言うのに、Hatiの心は、不安に揺れる。



Sköllの言う、Sköllにとっての“宿命の片翼”。

果たして、本当に、其れは、Hatiであるのだろうか?

もし、別に其の存在が実在するならば、Sköllは、Hatiは、どうするのか。



考えようとしても、まるで、分からない。

いや、そんな嫌な事等は、考えたくない。



そんな考えを、頭の中から振り払う様に、差し出されたSköllの手に、Hatiは手を重ね、強く握り締めて、立ち上がる。

そして、Sköllの隣に立って、Sköllと同様に、暗雲が立ち込めて来た空を見上げ、此れから始まるであろう戦いに、勝利する事だけを考え、宙(ソラ)を翔けた。










And that's all
(それでおしまい…?)

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