前日譚【後編】

□初花は久遠の約束 08
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悪夢の間の露の身の行方







梅(ウメ)



桃(モモ)



菫(スミレ)



椿(ツバキ)





(?)「鬼物(キブツ)、滅スルベシ。」





水仙(スイセン)



山吹(ヤマブキ)



撫子(ナデシコ)



鈴蘭(スズラン)





(?)「外法(ゲホウ)ニ身ヲ堕トシタ汝(ナンジ)、無ニ帰スベシ。」





馬酔木(アセビ)



菜の花(ナノハナ)



花水木(ハナミズキ)



蓮華草(レンゲソウ)





(?)「“ルール”ニ背(ソム)ク命ハ、浮カンデハ消エル泡沫(ウタカタ)タル事コソガ、正道。」





玉の如き、汗を数滴浮かべ、Hatiは、目を覚ます。

春の中、Hatiは、其処に、仰向けに、転がって居た。


真っ直ぐ見上げる空は、青く、深く透明に澄み渡って居る。

近くにあり、視界の端に映る、柳も、淡い緑色の花を長く垂れ流し、長閑(ノドカ)に風に揺れて居た。





(Hati)「(桜は、何処ぞよ?)」





体の奥底から、ギシリと深く軋(キシ)む音がした。

手も足も、古びた人形の様にキリキリと軋んでは痛み、上手く動かせない。

そんな中で、頭の片隅で、呑気に思ったのは、常の者であれば、自分の所在位置を確かめようと思うのだろうが、Hatiは違った。


梅に始まり、椿、菫、山吹、水仙、蓮華草に、菜の花と、此の場所は、春爛漫(ハルランマン)に、咲き誇って居る。

…が、先割れしたハート型をした薄紅色の花びらが、1つも見当たらないし、風に乗って、何処(イズコ)から訪れる様子も、大空を自由に高く舞う姿も見受けられ無い。





ギシッ



ギシッ





と、柳とは逆の視界の端に映る人影らしきモノが、物音を立てて、近付いて来る。

だがしかし、Hatiは全身が細い糸の様な物でキリキリと、きつく締め付けられて痛い上に、首を横に倒し、其方(ソチラ)を見遣(ミヤ)ると言う簡単な身動きさえ出来無い。





(Hati)「(此れは、最近、襲って来る白昼夢だぞよね。)」




悪夢の棲人(スミビト)が、自分を、亡き者にしようとして来る。




(Hati)「(逃げなくちゃ、駄目ぞよ…。)」





でなければ、体がバラバラに千切(チギ)れて、壊されてしまう。





(?)「汝、死スベシ。」



(Hati)「―――!!!」





選んだのは、逃走でもなく、抵抗でもなく、此処には無い、薄紅色の花と同じ色を持った愛しい彼の名を、声なき声で叫ぶ事だった。





ドォン!!!



ガシャゴコーーーーーンッ!!!!!!





重低音(ジュウテイオン)な轟音(ゴウオン)。

派手に硝子(ガラス)が割れる様な落下音。


目を見開いた。

そして、泣きそうになった。


仮想空間だった春爛漫が、無数の歯車へと姿を変えて崩れ去って逝く事がじゃない。

本物の現実世界が、かつての月の祈りの塔の内部だった驚きに因る事だって、勿論の事、違う。


理由は、たった1つ。

Hatiが、最も愛でる、嘘偽りのない、春の証である、“桜人(サクラビト)”たる人物が、もう1度、目の前に桜の様に舞い降りて現れてくれた事、自体が…だ。





(Sköll)「あり?泣いてるの??」



(Hati)「……Sköll」



(Sköll)「なぁに?」



(Hati)「有難(アリガト)うぞよ。」



(Sköll)「泣かせた事が?」



(Hati)「知らないのぞよか?嬉し泣きさせたら、お礼が貰えるのだぞよ。」



(Sköll)「へぇ…覚えとくよ。」





Hatiは、淡く笑って居た。

けれど、確かに涙を流しながら、泣いて居た。


もうすぐ、地球では、夜が明ける。

此処が地球だったなら、沈み往く月の光を浴びて、涙が水晶の様に光り輝いて居た事だろうと、Sköllは柄にもなく、ロマンティックな事を思った。










And that's all
(それでおしまい…?)


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