SIGNAL

□sign 01
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毎日色んな人から声を掛けられてはああだこうだ言われる、それが私の今の日常だ。しかし、その日常も次第に変化して行った。たまに自分の持ち物がなくなることがあったり、先生から意味も分からず怒られたり、知らない女子に呼び出されビンタをされたり、何が起きているのか分からないけれど、私にとっては迷惑なことばかりだった。でも、どうして良いか分からなかったので放って置いた。別に卒業さえ出来れば、何だって良いんだから。

そんなある日、体育の時間から教室に戻ると、私の机と椅子が廊下に出されていた。机の横にかけてあった鞄はなくなっていて、机の中に入れて置いた教科書達はバラバラと下に落ちていた。教科書は大事だ。悪い点数を取りすぎたら卒業出来なくなってしまう。私は頭が良い方ではないので、教科書やノートがなくては何も出来ない。急いで教科書を拾い集めると、


「皆見て!ツウィが必死になってる!」
「うっそ見たい!」


その声に振り返れば、多くの生徒がスマホを私に向けながら見ていた。あれ、どうして皆私を見ているのだろう。でもそれより早く教科書を…少し遠くにあるノートに手を伸ばす。けらけらと楽しそうな声に包まれながら、私は教科書を無事に回収し机と椅子を持って教室に足を踏み入れる。いっそうザワつく生徒の視線を潜り抜けながら、歩き出した瞬間、
女の甲高い声と共に私の机と教科書が再び吹っ飛んだ。

呆然と立ち尽くす生徒たち。
女は机に蹴りを入れた足を引いて、私の腕を掴む。


「…何ですか?」
「教科書がそんなに大事なの?」
「はい、当たり前じゃないですか」
「……」
「教科書は、大事にしなきゃだめです」
「ふふっ…ああそう。確かにそうだね。でもね、こっちは教科書より大事なもんあんたに取られてんだよね」
「…?そんなことより、もうすぐ予鈴が鳴りますよ。早く戻らないと、先生に怒られて…」


パンッ、振り上げられた手は、私が言い終わるより早く私の頬に振り下ろされた。あれ、この感覚、2回目。確か一昨日も見知らぬ女生徒に引っ叩かれたような…。その時、予鈴が鳴った。野次馬をしていた生徒たちはバラバラとお喋りをしながら帰って行く。女は私をキッと睨んで、


「あんたって本当、ロボットみたい」


そう言って去って行った。変なの。本当に私には身に覚えがないし、あんなに必死な顔して、何を私を求めているのか。

自分の位置に戻した机と椅子。座って教科書を捲ると、所々ページが真っ黒に塗り潰されていた。ああこれは…新しいの、買わなくては。たった半年間過ごすだけなのに、何度新しいものを買っただろうか。体育着も、制服も、財布も、鞄も、あらゆるものが無くなってはその度に新しいのを買っていた。教科書が無くなったのは初めてだったけど。どこで買えばいいんだろう…




WロボットみたいW



「……」



そんなこと、初めて言われた。





.





放課後、私は先生の元へ行き教科書がなくなった旨を伝えると、また?と面倒臭そうな顔をした担任が、今日頼んでおくから届くまで他のクラスの友達の借りてなさい。と言った。1週間後には届くらしいけど、それまでどうしよう。友達なんていないし…この学校の先生というのは名ばかりで、本当に生徒のことを何だと思ってるんだろう…そう思いながら教室に戻ろうとすると、「ねえ」と静まり返った廊下に私を呼ぶ声が響いた。

また知らない人が私に用事か、もう慣れたものだ。後ろを振り返れば相変わらず見覚えの無い顔だった。


「…何ですか」
「これ、あなたのだよね?」


彼女が私に差し出してきたのは、過去になくなったはずの財布だった。中身は空っぽだったけれど、確実にそれは私のものだった。


「うちのクラスのやつの机の中に入ってたの」
「…ありがとうございます」


そう言うと、彼女の瞳が少しだけ細くなった。
小柄で可愛らしい人だった。


「はい、あなたがツウィだよね?毎日大変なんでしょ」
「…別に…」

財布を私に渡すと、彼女は歩き出しながら私が何故こんな目に合っているかを話しはじめた。私も釣られて歩き出し聞いていると、どうやら彼女から見ると私はいじめられてるらしい。

そして、ロボットみたいで感情が無い美人、と転入した時からずっと騒がられているらしい。男子は常に私と付き合えるかを考えていて、私のせいで別れたカップルもいるとか。主に私のせいで別れることになったカップルの女側のグループが今日のことはやったんじゃないか、と彼女は話した。そうか、私がロボットみたいだって、皆思っていたんだ。だから面白がられていたんだ。カップルがどうとかは正直よく分からないけど。


「いじめられてる自覚なかった?」
「…あまり」


私は彼女と教室に入り自分の席まで戻って来た。荷物を持てば、また少し軽くなっていて、ペンケースとポーチがなくなっていることに気が付く。最近はもう毎日だ。一緒にいた彼女は驚いていた。


「ここまで来るとすごいね…また明日私も探してみる」
「ありがとうございます…」


たしかに、いじめられているという表現に当てはまるかも。精神的に追い詰められている訳では全く無いし、迷惑だなとは思うけど、それ以外何か思うことはなかったけれど。そうか、でもそんなに私は人と違うのかな…そんなことを思っていると、彼女は首を傾げて私の髪に視線をやった。



「そのピアス、かわいいね」
「……え?」



ふと彼女が手を伸ばして、私の髪を耳に掛ける。急に何かと思えば、その手は今度耳たぶを触った。


「どこで買ったの?」
「…」


いやだ、なに、この感覚、

突然、身体が恐怖で襲われた。嫌な感じ、怖い。

亡くした恋人との記憶が、猛スピードで私を襲う。思い出しては、いけないのに。思い出したくない、やめて、触らないで…。

夢で見た悪夢が一瞬だけまたフラッシュバックした。彼女の口が動いているが何を言っているのか聞こえない。ただ突然襲ってくる恐怖に、ぎゅっと目を瞑って抵抗をする。


「やっ…!」


考えるより先に手が出ていた。けれど、右手で彼女の肩を押したはずが、残ったのは冷たい板の感覚。


「…??」


いつの間にか大量に詰め重ねられた机と椅子。その中に腕で身体を覆うようにして座り込んでいる彼女。そしてその机は時間差で、私の右手によって真っ二つに割れガラガラと崩れ落ちた。彼女の肩を押したはずの手は、何故か机を真っ二つに割っていた。


冷静に何が起きているのか分からなくて、私はぺたりとその場に座り込む。何?この光景。教室の机と椅子全てが1つの大きな山みたいに天井まで積み上げられている。何が、起きているの。
すると、机と椅子は勝手にふわりと浮かび上がって、綺麗にその場に並べられた。机の山から出てきた彼女は、真っ二つに割れた机のひとつをとって、「すごい力だね」と私に言った。


「…??へ…?」
「それを私が受けてたら、肩の骨完全に折れてるよね」
「そんな…なんで…私」
「ごめんね、耳…そんなに嫌だったんだなんて」
「…今のって…」



彼女は机を綺麗に並べ直す。私はなんとか立ち上がって、彼女に沢山質問をした。あの机の山はあなたがやったの?一瞬でどうやって動かしたの?そして、どうして私は机を真っ二つにしてしまったの?私の質問に対して、彼女はふふ、と笑った。


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