SIGNAL

□sign 01
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天国へのシグナル、届いていますか。

私は毎日あなたを想って、毎日を過ごしています。
あなたのいない生活は真っ白で、淡白で、何の面白味もないつまらない毎日です。役目を終えたら、すぐにそちらに行くので、もう少しだけ待っていてください。




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怖くて、足が震えて、動けない。
黒い衣服に身を包んだ人物は、私の顔もろくに見ずに玄関から出て行こうとする。だめだ、早く、この人を逃してはだめだ、震える手で彼女を抱き締めながら、警察を呼ぶ。呼吸すらろくに出来ない、早く、救急車も、来てください、私は視線を黒い服の人物に向けたまま必死で助けを求める。その人物は慌てる素振りも見せず、ゆっくりとドアを開けて出て行く。私に引き留める力はなかった、声を発することも出来なかった。ただ、彼女を抱き締めたまま、その人物が去って行く姿を泣きながら見つめているだけだった。

絶対いつか捕まる、絶対いつか私と同じ目に合う、警察が絶対に何とかしてくれる、そう信じて疑わなかった。

けれど、その日が訪れることは無かった。




絶対に私の力で見つけ出して、やり返してやる。




病院で、心肺停止を知らせる音が鳴り響いた時、暴れて、喚いて、私の世界が壊れた。散々体も心もぐちゃぐちゃになった結果、その思いは私の生きる希望となっていた。そのために生きようと思った。それが唯一、私が失った恋人へしてあげられる事だから。



「必ず、犯人を見つけ出します
だから、安心してくださいね…」



眠る彼女の手を握ってそう呟けば、
微かに彼女が笑った気がした。





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「…っ」



目を開ければ、そこはいつもと変わらぬ私の日常。悪い夢に驚いて起きてしまったせいで派手に捲れ上がった掛け布団、棚の上に並べられた学校のテキスト、トン、トン、と野菜のようなものを切る包丁の音、食器の音。
額を抑えて、呼吸を整える。ひどい汗だ。少し前の記憶が、悪い記憶がフラッシュバックしたみたいに鮮明に蘇っていた。最近はこんな夢を見ることも少なくなっていたのに。


…ただの、夢だ。


時計は7時半を指している、もう、起きなければ。



「おはよう、ご飯出来たよ」

「…うん」



私は幼い頃に家族を亡くしてから、祖母と2人で暮らしている。数ヶ月前までは私は恋人と同棲していて、ここから少し離れた高校に通っていたのだが、恋人を亡くしてから私はまた祖母の元へ戻って来た。それと同時に高校もこの付近の所に通うことになった。しかし昔から祖母は何かと忙しい人で、朝のこの時間しか会える時間は無い。

祖母が用意してくれた朝食を食べて、最近やっと着慣れてきた制服に腕を通し家を出る。行ってきます、という私に、祖母は目を合わさずにいってらっしゃい、と言った。



朝から憂鬱な気分、気持ちの悪い夢。

銀杏並木を歩きながら、地面に散らばる黄色い葉を踏み締めて歩く。今日で転校してから1週間が経つが、私は学校でどうやら嫌われ者のようだ。まあ、そんなことはどうだって良いのだけれど。
私の家はそこそこの裕福な家庭だったので、両親がいなくてもお金に困ることはなかった。学費はアルバイトをしなくても支払えた。学生のうちはしっかり勉強をして、ちゃんと卒業しなさい。それが亡くした恋人の口癖だったから、私は学生を全うする道を選んだ。


校門を潜れば、いくつもの視線が私に襲い掛かる。ここの学校は前のいた学校とはまるで雰囲気が違った。前いた学校は私立の女子校で、新しい校舎で気品の溢れる優しい挨拶が飛び交っていた。今は県立の共学校。汚い校舎、毎日聞こえる生活指導の先生の怒鳴り声。学校とひと口に言っても色々なタイプがあるんだな、となんとなく思った。


「ねえ、5組のツウィちゃんだよね?」


肩にぽんと手を置かれて、私の前に3人の男子生徒が立ち塞がる。彼らは私を見るなりニヤニヤ笑って、スマホ片手に近付いてくる。


「今日の放課後暇?」
「…?」
「忙しい?じゃお昼休みとかは暇?」
「…は」


この人たち、何言ってるんだろう。もうすぐ予鈴が鳴るというのに。立ち尽くす私を彼らは面白がっているように見える。1人の男子生徒の腕が私の肩に回されたところで、生活指導の先生の怒声が聞こえてきた。男子生徒達は先生を見るなり焦って逃げ出す。一体…なんなの。転校してから、不思議なことだらけ。学校に来るたびそう思っている気がする。皆私を見て、笑ったり、怒ったり、面白がったり。私がこの学校に適合していないことくらいは分かっているけど、よくそれだけでそこまで盛り上がれるな、と思う。まあ、どうでも良いんだけど。

教室へ足を踏み入れれば、今度は前の席に座る女子生徒がこちらを振り返って、「おはよう!!!」と怒鳴るように挨拶をしてくる。私、この人と友達だっけ。初めて見る顔に戸惑っていれば、彼女は前を向いて隣の友達と、あの子本当だめだわ、と話している。
本当、毎日こんな調子だけど、私は高校を卒業する目的さえ達成出来たら後はどうでも良かった。




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