sanayeon

□先生と私の夏
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「大学なんて行かない」



そう決めた。両親にも言った。
それでも私は今日も塾に来ている。
今まで通い続けてきた、個人塾。


この塾のおかげで、勉強が苦手な私でも赤点は免れてたし、中2からお世話になっているから思い入れもある。なんだかすぐに辞めるのはもったいなくて。

費用も安くないし、来月いっぱいで私は辞めることを決めた。嫌々通っていたのに、なぜ辞めると決めた途端こんなにも寂しいのだろう。



いつも通り、私の席に先生が来て丁寧に教えてくれる。色白で美人で、男子生徒からすっごくモテモテのナヨン先生。ナヨン先生が来たのは実は最近で、私も綺麗な先生の授業が楽しみだった。教えてくれる内容よりも、先生の髪を耳にかける仕草に夢中になってしまう毎日。


そんな先生は、私の想い人。

すぐに塾をやめられない原因の人。








「サナ、来月で辞めちゃうのね」



残念そうに赤ペンで私の解答に印をつけながら、伏し目がちに呟く先生。



「はい…大学、やっぱり行く気になれんくて」
「そっか、でも自分に合った道を行くのが1番良いからね」



長い睫毛にぼーっと見惚れる。
何度見ても、めっちゃ綺麗…






「…寂しくなるわね」
「…はい、私も先生と離れるの、寂しい」
「ふふ、はい、ここ間違ってる」
「…先生は、まだここにいてくれる?」
「ん?私は辞めないわよ、まだここに来て半年も経ってないもの」
「…そうですよね」




私だけがいなくなる。
先生に会えなくなるのは、学校を卒業するよりも、遥かに寂しいかも。

告白、しようかな、なんて考えが過る。
先生は男子生徒から何回か告白されてるだろうし、断るのなんて馴れてるんだろうけど。軽く流されるかな。






「先生、好きぃ〜」

「え?」




視線が交わる。
本気でいかにもって感じで言うのは恥ずかしすぎるから、冗談っぽくダメ元で言ってみたけれど。次第に顔に熱が上がって行く。言う前は全然緊張してなかったのに。言ってから急に熱くなる。自分で言ったことが恥ずかしくなってきて。

「あー、えと、なんでもないです…」


好き、なんて。聞き返してきたけど、先生、完全に聞こえてたよね?私はなんとか誤魔化す。すると私のペンを持つ震える手に、先生の手が重なった。

恐る恐る顔を見ると、にっこり笑って私と少し距離を詰める先生。



「…知ってる」
「へっ!」
「見てれば分かるわよ」
「…あー、あ、そ、そっかあ…」
「ふふ、照れてるの?サナが珍しい」



私は何も言えなくなって、片手で口を覆った。軽く言った言葉は、私の想像していたよりも遥かに重くて、急展開を迎えた。



「…付き合おっか」



そう呟くように言った先生。
私は耳を疑った。付き合う?


「…先生、いま、なんて」
「付き合おって、恋人になろうって、言ったの」
「…っ、ど、どうして」
「私も、好きだから」



驚いて大声を出しそうになって口を抑える。周りには生徒もいる。後ろの席では男の先生の解説をする声が聞こえる。私たちの会話も聞かれていないか心配だ。

急に心配になって、私は小声で話し始めた。
私は、ナヨン先生と、付き合うことになったんだ。
まさかの展開に頭がついていかないけれど、
夜、家に帰って寝る前にスマホを見ると、先生からおやすみ、と連絡が来ていて、本当に付き合ってるんだと少しだけ実感する。冗談交じりの告白が、まさかこんな展開になるなんて…


一ヶ月しか一緒にいれないと思っていたのに。これからはいつでも会えるわね、と言って微笑む先生。

もう塾なんて行かなくていい。
毎日先生に会えるんだもん。

先生との付き合ってからも、少しスキンシップが増えてメッセージのやりとりするようになっただけで大きく変わることはなかった。容赦なしに出される大量の宿題、間違いが多かったら何がわからないのか徹底的に聞いてきて、いつもの先生と変わらない。

変わったのは、内面だけ。


いつでも会えるはずだけど、私は残された時間精一杯塾に通い詰めた。







そんなある日。


「ねえ、先生」


暑い気温の中、ひんやりと涼しく冷やされた部屋が気持ち良い。私は塾に着くなり、教材を漁っていた先生を呼び止めた。



「おはよ、サナ」
「…ねえ、ナヨン先生」
「ん?」
「…」



到着して身体中汗をかいてしまってる私に対して、長袖のワイシャツの袖を少しだけ捲って、ロングスカートで涼しげに私を見つめる先生。

こういうのは、かしこまらずに早く言ってしまった方がいいんだ。







「来月、花火大会、行きたい…一緒に」





最後の方は声が小さくなってしまったけど、ナヨン先生は少しだけ驚いたような表情をしたかと思えば、私に近づいてぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。
前みたいに、また言い終わってからドキドキしてしまう。


先生は口を開くと、
ふにゃっとした笑顔で笑ってこう言った。




「お揃いの浴衣ね?」





ああ、言ってよかった。
私はみるみるまた頭に熱が昇る気がして
きっと私の顔は真っ赤なんだろう。


容赦無しに出される大量の宿題も、
大好きな先生と花火大会に行けるのなら
頑張れる気がする。





先生と私の、

夏が始まった。







Fin


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