sanayeon
□Sweet
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「こら湊アぃ!」
「ひぃっ」
私の大嫌いな声が背後から聞こえてきて、
思わずビクンと肩を震わせる。
数学なんて大嫌い、だから数学を教えてる先生も嫌い。テスト前にぎりぎりに勉強すればいいやと思っていたから、嫌いな授業を私はサボりがちになった。この前はちゃんと受けたし、今日は屋上前の階段でぼうっと時間を潰そうかなあなんて思って向かった直後。教室から出ようとした私は先生に呼び止められた。あーもう、タイミング悪いな。
「どこ行くんだ?授業始まるのに」
「…」
まさにデキる女、キャリアウーマンのような見た目でいつもメガネにスーツ。普段から凛々しい立ち振る舞いの先生は、怒るとめちゃくちゃ怖い。こんな先生に迫られて、怖くてぴったりの言い訳なんか思いつかない。
「またサボる気だろ?」
「えっと…」
がっちり腕を組まれて、私は教室へ逆戻りだ。はあ、折角サボれると思ったのに。
先生の授業なんてちんぷんかんぷん。
聞いているだけでも眠くなる。頬杖をついて適当に板書しながら、たまにこっそりスマホを確認する。これは1番後ろの席の特権だ。
カッ、カッ、
チョークの音は容赦ない。まだ書いたばかりのそこを消されて更に新しい公式を板書しなければならないから、あまり気も抜けない。まあ、最悪誰かに見せてもらえばいいんだけど。なんて甘ったれた考えをしながら、適当に授業を受けた。
チャイムが鳴りようやく嫌いな授業から解放された私は、友達と真っ先に教室を飛び出した。やっとお昼の時間だ。木曜日のお昼は大好きなガトーショコラが購買で売っている。けれど先着10人。逃すわけには行かない。
廊下を走らない、と書かれたポスターの前を勢いよく走って角を曲がる。その時だった。
「きゃあっ」
角から出てきた生徒とぶつかって、
私は尻餅をついた。
「ごめんなさい…」
そう言ってぶつかった生徒を見ると、
見覚えのある顔立ち。
そう、彼女は私の1つ上で、清楚系で可愛いと評判の先輩だった。たまに廊下ですれ違う時はきゃぴきゃぴとはしゃいでいるイメージで、落ち着きがないなあと思うくらい。男子は清楚系で可愛いなんて言っているけど、私からしたら子供っぽい先輩だった。
「ごめんね、私も注意してなくて」
「いえ…走った私が悪いんです」
移動教室の帰りだったのか、持っていた教科書やノートが落ちてしゃがみ込む先輩。
慌てて私も拾おうとすれば手が重なって、
あ、
と照れたように先輩は長い前髪を耳にかけた。どき、心臓が高鳴った気がした。手が重なるなんて、まるでドラマみたいなシチュエーション。耳にかける仕草は何とも大人っぽくて、イメージと少し違った。
「じゃあ」
ぱっぱと拾い上げた先輩は、
笑顔を向けて私の前から去って行った。
なんて綺麗な人なんだろう、
そう思った直後。足元にある、
あるものに気が付く。
名札だ。
きっと先輩の、
私は先輩が行った方向を振り返るも、もうその姿は無かった。どうしよう、そう思って名札に視線を落とした時に、私は初めて先輩の名前を知った。
「3年 イムナヨン 特進クラス…」
「え!特進?すごいね」
隣にいた友達が覗き込んでくる。
…特進?!?!
「サナ!はやくしないとガトーショコラなくなっちゃうよ!」
「…特進…」
「そんなん後で返せばいいって!」
「…そうやんな」
我に帰った私はドタバタと階段を降りた。
残念なことにガトーショコラは売り切れていて、私達はがっくりと肩を落とす。
不注意だった私達が悪いよと励まし合いながら、教室で梅干しのおにぎりを頬張った。
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金曜日。今日を逃したら2日間会えないし、ナヨン先輩の名札を返さないといけない。
私は名札を持って、特進クラスの前に立っていた。
特進クラスに入れる生徒はごく一部で、
1学年に2割程度だ。あんなに子供っぽいと思っていたのに、すごく頭が良いなんて。
チャイムが鳴ると同時に、生徒が教室から出て来る。私は勇気を出して足を踏み出した。
ナヨン先輩…どこかな
きょろきょろ見渡していれば、肩をぽんと叩かれる。
「やっほ、」
「あ、ナヨン先輩!」
「なに、まさか私に用事だったの?」
「はい、あの…これ」
差し出した名札を見て、ぱあっと笑顔になる先輩。私の前のイメージ通りの、子どもっぽい朗らかな笑顔。
「ありがとね」
にこ、朗らかな笑顔とは一変、急に優しい笑顔で微笑む先輩を見て、私は目が離せなくなった。
可愛過ぎる…
肌綺麗…化粧禁止だからしてないんだろうけど…まつ毛が長いのはなんで…リップもほんのり塗ってるような…
「…どしたの?」
「へ、えと、なんでもないです!それじゃ!」
私はパタパタと教室を後にした。
綺麗過ぎて見惚れてた…
変に思われたかもしれない。
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