狩物語 短編集

□君の匂い
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どくりどくり




体が熱くてうずいて仕方がない



まともな判断も出来なくて、朦朧とする意識の中で、唯一彼の匂いのする衣類を手繰り寄せて縋るように顔を埋める



忍ちゃんとケロちゃんに彼への伝言は言っていたし、他のカードや怪異のことも頼んでいるから
完全に今の私は一人だ



一室の部屋のベッドで、彼の持って行かなかった服やタオル、終いには下着まで引っ張り出して体の奥の熱をどうにかおさめようと
ベッドの上に広げてまとめて巣をつくった



これが後4日



確か彼は今日帰ってくる予定だったか、と働かない頭でぼんやりとそんなことを考える




疲れて帰ってきた彼には悪いけれど、アルファの彼が今の私に合えば
特に欲求に素直な彼はきっと、理性を保っていられないだろう



彼のことは好きだし、愛しているけれど
こんなヒートのせいで理性を失って、動物の様にがむしゃらに行為をするのは酷く抵抗があったから



あと4日、どうにか彼にはこの部屋に入ってもらわないよう
忍ちゃんたちに伝えてくれるよう頼んだから



欲望に従順すぎる、私以上の変態な彼が折れてくれることを願うしかない




はあ、と熱く色めかしい息を吐いて熱を少しでも逃がそうともぞもぞと動いて目をきつく伏せる



ああ、ああ




こんな時に発情抑制剤を切らすなんてついていない



全く運がない




最悪だ




しかも抑制剤を使っていたつけが回ってきたのか、ひどく体がだるく
動かすのもつらい




速く、速く彼に会いたいと体と心が悲鳴を上げている



触れたい、抱き着きたい、キスしたいとうるさいほどに本能が叫んでいる



残っている理性でそれらを押さえつけて、ただただひたすらに彼の衣類をきつくきつく抱きしめた




彼のことを思い出すだけで頭も体も痺れて
まるで麻薬でもやってしまったように、彼のことを欲してしまう




私は、ベッドに寝転がったまま広げていた服をかき集めて自身の胸に抱いて顔をうずめた





「っは……ヒソカッ……」




「なぁに?」




聞こえるはずのないその声に、痺れたように甘くピリピリとした感覚を走らせる耳をおさえながら慌てて振り返れば
そこには来るはずのない、会いたくて会いたくなかった彼が立っていた




「ヒ、ソカッ……?何で……忍ちゃんたちから、伝言を聴かなかったのか?」




「もちろん聞いたよ♠」




扉の近くから、こちらへと歩み寄ってくる彼から逃れるように、ベッドの上をズリズリとお尻を付きながら後ろへ後ろへと下がる




「でも、なんとか説得してきた♦君が苦しんでるなら、僕も力になりたいよ♠」



オメガ特有のフェロモンが、部屋の中に充満して理性どころの話ではないはずなのに
それでもなお、理性を保って何処か苦しそうな、悲しそうな顔をしながら
私の頬へ手を滑られる彼に、私は酷く心地のいい快感を覚えた



それはまるで、一種の媚薬の様に体を疼かせ火照らせ、彼を欲した




「んっ……やっ……!」



「本当は、もっとムードとか大切にしたかったんだけど♦君が苦しんでるなら別♠

抑制剤のツケが回ってきたんだろう?多分普段のヒートより辛いだろうね♣」



割れ物を扱う様にゆっくりとした手つきで頭や顔を撫でる彼のその眼は、欲情や本能が見え隠れしてはいたけれど
それ以上に甘く痺れるような、こちらがデロデロに溶けてしまいそうなほど愛しいものを見つめる目をしていた




「僕じゃ、嫌?」




自信満々、余裕ありという表情は一切うかがえない。
ただ願望という思いと、少しの不安。
それらが彼の感情を占めていた



そこでやっと、ようやく、彼が本能などではなく
心から私のことを欲して、愛して、大切にしてくれていることが分かった。
心配してくれているのだとわかった



ああ、情けない。自身の思い人さえも信じきれないというのか
ああ、ああ。彼はこんなにも私のことを思ってくれているのに
私が信じずしてどうするのだ




「ヒ、ソカ……」




「なぁに♦」




「抱きしめて、くれないか……」




「ん……いいよ♠」




ようやく彼の顔から不安が取り除かれて、ゆっくりと私の体を抱きしめてくれる
体に触れられるだけで自身のものとは思えないような高く甘い声が出てくる



彼はそれを気にする様子もなく、マーキングをするように体を摺り寄せる





「好きに、してくれ……。あなたになら、何をされてもかまわない」




彼の胸元に埋めていた顔を上げて、真っ直ぐと彼を見上げてそう言えば、彼は目を見開くも
すぐに甘く、優しく笑った




「愛してる♡」




そういって私の唇に、キスをした








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