sleep
□ワルツにのせて
2ページ/4ページ
場所は代わり、王都城内のホールには人が集まっていた。軽やかな音楽が流れる中、お酒を嗜む人、食事を楽しむ人、音楽に合わせて踊る人がいる。
いくら招待性となっているとはいえ、帝国からのスパイや、陛下を敵視するような人物がテロ行為を起こす可能性はゼロではない。
穏やかな空気の中、警護隊には変わらず緊張感が漂っていた。
陛下の方へ目をやると、隣にいるコルは、何やらクレイラスと話をしており、名無しさんには気づいていない様子だった。
「あ、ノクトだ。」
キョロキョロと辺りを見渡していると、ホールの真ん中でダンスをする人の中に、先程まで一緒だったノクトの姿があった。一緒に踊っているのは…確かコルニクスの有名なご令嬢だったような。
頬を赤らめる彼女と、表情を変えないノクト。
きっとめんどくせぇとか思ってるんだろうけど、あぁ見えて女の子の前だと顔にはあまり出さないのよね…。でも、もうちょっと笑顔の方がいいんじゃないの?
その近くには綺麗なドレスに身を包み、目を煌めかせた女性がたくさん並んでおり、あれはノクト待ち…といったところだろう。
ざっと見て20人近くはいるんじゃないだろうか。さすが、一国の王子。そのルックスもあり、人気はかなり高いようだ。ぼんやりその光景を眺めていたら、ノクトと目が合った。
『 か お 』
ちゃんとやりなさいよ、と意味を込めて口パクで伝えると、あからさまにノクトの顔が不機嫌になった。分かってるよとでも言いたげな顔に笑っていると、目の前をふわりと何かが過った。
目で追いかけると、そこには淡いイエローと白のドレスを身に纏い、男性とダンスを踊る女性がいた。
その姿に名無しさんは息を呑んだ。
一緒に踊る男性は恋人…だろうか。まるで二人だけの世界のように見つめ合う瞳がそう語っているようだった。音楽に合わせて身体を揺らす度にドレスの裾がゆらゆらと踊り、それはとても…
「綺麗…。」
うっとりと身を委ねて揺れる彼女がとても綺麗で目を奪われ、思わず本音が漏れてしまった。
仕事中にこんなことを考えてたらきっとうちの上司に怒られるだろうけど、
所詮私も女。こんな素敵なドレスを着て、愛する人とダンスを踊ってみたい。
もしコルとできたのなら…
ぼんやり妄想を駆け巡らせていると、
ふいに肩を叩かれた。
「ちょっと名無しさん、何て顔してんのよ。」
「クロウ…!」
振り向くと、そこには王の剣のクロウがいた。
彼女とは部隊は違うが、数少ない女性隊員のため予定が合えば飲みに行く仲だ。最近はクロウが長期任務で王都を離れていたため、会うのはかなり久しぶりだった。今日は王都警護隊はもちろん、王の剣も総出で警備に当たっているため、彼女がここにいるのは何ら疑問にも思わないのだが…
「なによ、その顔…」
目の前のクロウは何故だかにやにやと意地の悪い顔をしてこちらを見ていた。
「なぁに?あのカップルが羨ましいなぁとか思っちゃった?」
彼女の視線の先には先程の熱く見つめ合うカップルがいた。
「…まぁーね。」
「コル将軍って踊れるの?」
「え…っ、クロウ知ってたの?」
コルと付き合ってからはまだクロウに会えておらず、報告すらできていなかった筈なのに、何故かクロウが知っていて驚いていると、クスクスと声をあげて笑い始めた。
「バっカねー、知らない人の方が少ないくらいよ。」
「う…っ」
「全く、相変わらず鈍感なんだから。その話は今度じっくり聞かせてもらうわ。…まー、うちらもあんな服着て踊りたいわよね。」
「ど、鈍感…。そうよねぇ、こんなだけど一応乙女だしね。」
「そうだよ!華の乙女がこんな黒づくめの服着てさ。今晩辺り、将軍がディナーにでも誘ってくれるんじゃない?」
「今日は報告書や片付けでそれどころじゃないよ。」
「そうかしら?あんたが羨ましそうにしてるのを、実は見てたりして。」
「クロウ、知ってるでしょ?あの将軍よ?仕事第一で、こっちなんて見てないわよ。さっきからずっと忙しそうにしてるもの。」
「はは、付き合っててもやっぱりそこはちゃんと将軍なんだね。…って、あー…ごめん。うちの将軍が呼んでるわ。またね!」
久しぶりの再開もつかの間で、収拾がかかったのかスピーカーを確認してクロウは申し訳なさそうにその場を去っていってしまった。
「そんな感じには見えないなぁ…。」
ちらりと視線を向けるが、やはりコルは忙しそうにクレイラスと話をしていた。
ダンスを踊ったのは小さい頃の記憶しかない。あの時はただ友達と音楽に合わせて踊ることが楽しいとしか思わなかったが、もし今、コルといっしょに出来たなら…。先程の女性のように、私もあんな幸せそうな表情をするのだろうか。