短編(2BRO.)

□こういう。
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そう、これは全部ローカル線のせいなのだ。


「うわぁ、やらかした。」


仕事を終えて、デスク上のデジタル時計を見ると私の自宅最寄り駅に行く電車は出てしまっていて。恐らくもう車両はレールの上すら走っていないだろう。電車さえ家に帰っていると言うのに、私は今から道というレールに乗るのだ。

会社から自宅まで、一駅分。しかし歩けば40分はゆうにかかるその距離を私は何度も歩いたことがある。今日もその稀な一日の一つで、鞄を肩にかけてオフィスの戸締りをし裏口を見張る守衛さんに挨拶をして会社を出た。……ら。


「空まで私の邪魔する……。」


綺麗な夜空は厚い雲に覆われ、大雨を降らせていた。アスファルトから跳ね返った雨粒が私の靴とスーツのズボンを濡らす。

そんな時、私が決まっていくのはとあるバー。駅前にあるそこは社会人2年目に見つけた隠れ家的バーで、もう6年ほど通っている。そこのマスターとも仲良くしてもらっているし、雨宿りとほんの少しの自分への労りに一杯飲んで帰ろう。

そう思えばこの雨の中、傘を持っていなくても一歩が軽かった。出来るだけ雨に当たらないように屋根を探し、そのバーの扉を開く時にはもう憂鬱さは消えていた。


「あ、いらっしゃい。」
「マスター、雨凄いねー。」
「そうそう、今日お客さん来ないかなーと思ってたけど店開けないとやってけないから開けちゃった。」
「助かったよぉ、私傘持ってきてなくてさー。仕事帰りなのに着いてないから来たの。」
「雨宿り大歓迎。奥行っていいよ、タオルいる?」
「おしぼりでいいよ。」


席に着いていつも飲む甘めのお酒を頼むと、先日臨時休業していた時に行ったらしい兵庫のお土産もくれた。赤福、という有名な餡子餅だった。


「帰り、タクシー呼ぶ?」
「あー…。」


酔う前にそう聞いてくれたマスターは本当に気が利く。この店から呼ぶタクシーは他のタクシー会社と違って、このお店を仲介として契約をしているから客が支払うお金は少し安い。何度も終電を逃した私にはお決まりのサービスだが、今日は少し長居したい気分だった。


「明日は休みだし、今日はいいかな。」
「あら、そ。ソファーなら寝ちゃっていいからね。ただし、僕が鞄持っていっても怒らないでね。」


マスターの冗談に一緒になって笑うと、扉がカランと音を立てた。どうやら客が入ったらしい。マスターと私がそちらを向くと、そこには見慣れた緑の髪が見えた。このバーの常連のひとりで私の恋人であるおついちさんだ。


「あれ、レイも雨宿り?」
「おついちさんも?」
「え、二人とも付き合ってんでしょ?なんでお互い把握してないんだよ。」


苦笑混じりでマスターが言いながら、おついちさんにおしぼりを渡し注文を聞いた。手早くおついちさんもいつも飲むカクテルを頼むと、「まあ来なさいよ」と私を手招きした。

私達の連絡頻度なんて友達のそれより少ない。理由はおついちさんの変則的な仕事と同棲している家で会えるから、という理由だ。今日は外に出ている事は知らなかったが、おついちさんの事だし仕事を早く切り上げて駅前で遊んでいたのかもしれない。


「終電逃しちゃったの?」
「うん。仕事しててさー。今日は時間配分がダメダメだったね。」
「今日は嫌に素直だな。」
「あぁ、違う。私が遅んじゃなくて終電が早いんだわ。」
「いっつもそれ言うー。」


乾杯、と合わさったグラスの中身を1/3ほど飲み、コースターに置くとマスターがふふんと鼻で笑った。


「なに?」
「仲良いなあって。羨ましい。」
「いや、マスターこの前結婚したじゃん!俺らより先行ってんのに、何が羨ましいのよ?」
「こういう時間なかったからなあ、僕ら。」
「こういう……ってどういう?」
「なんかこう、僕ら付き合ってます!仲良しです!ラブラブ!って感じの。」
「お前にはどう見えてんだよ。」


ゲラゲラ笑いながらおついちさんは仰け反って、私もマスターのその口調に笑ってしまった。私たちよりラブラブなカップルなんてごまんといる。

私たちは家でも外でも付き合っているような素振りはほとんど見せない。というより、しようとさえしない。元々ゲーム仲間でVC越しにノリやテンションで、下品な会話もお互い罵倒もしてきた仲だ。今更ながら「君を一生守る」なんてことを言われた覚えもないし、「貴方じゃなきゃ嫌なの」なんて言葉を言った覚えもない。

付き合ったきっかけの言葉はおついちさんの「好きなんだけど、付き合いたいなって」なんていうふわふわした告白だった。それに応えた私も「いいよ、仕方ない」って笑ったくらいだし。

でも、ちゃんと想いあってるのはお互いわかってて。今だって私が口をつけてコースターから少し離れたところに置いてしまったグラスを話しながらコースターの方へ直してくれたし、おついちさんが食べたラムネの包み紙を私は無意識に灰皿へ入れてしまった。


「はー、羨ましい。早く帰って嫁に会いたい。」
「じゃあ店閉めろよ!絶対こんな土砂降りじゃ人来ねえって!」
「君の彼女が来てくれたからー!もしかしたら、他にも同じような子来るかもじゃん!」
「来ませんよ、そんなの滅多に。」
「ええ、レイちゃんまでそんなん言う……?」


3人でゲラゲラ笑って、イベント用のプロジェクターで白い壁にゲーム画面を写してゲームをした。さすが私達の知り合いなだけあって、ゲームが好きなマスターはコントローラーを3つ持ってきてカウンターの席に座った。


「よーし、これ勝った人ウチのいちばん高いボトル下ろしてね。シャンパン、14万。」
「たっか!!てか、シャンパンなんて私飲めないし!」
「なんでこんな場末の店にそんなん置いてんだよ、出ねえだろ!」
「出すよ!!」
「「出すな!!」」


おついちさんと私の総ツッコミに呼吸を危うくさせながらも、マスターとパーティゲームが始まった。4人で遊ぶそのすごろくゲームに最強設定にしたCPUを1人入れて始めてみるとそのCPUが思った以上に強く、何回か他の客と遊んだことがあるマスターでさえもギャーギャー騒ぎながら白熱していた。

気付けば夜中の1時。お酒とゲームによる疲労でそろそろ目が限界になりかけた頃、隣のおついちさんが「マスター、チェック」と立ち上がった。


「ん?帰るの?」
「うん、俺ベッドじゃないと眠れないんだ。レイも上着着て、お会計一緒で良いよね。」
「どーやって帰るの?タクシー?」
「んー、寄りたいとこあるから後で呼ぼう。」


そう言われておついちさんと一緒に店を出た私だったが、その意図は分からないまま。雨は弱くなったがまだ降っていたし、それを凌げるのはおついちさんが持っていた傘一本だけだ。

それを真ん中にさし、おついちさんは傘を持つ自分の左腕へ私の右腕を絡めるように顎で合図する。


「何?どこ寄りたいの?」
「んー、コンビニ。お腹空いちゃった。」


家の方向へ足を向け、途中のコンビニへと入るとそこにマスターが言ってたシャンパンが売ってあって、私達はまた爆笑してしまった。飲み屋街のコンビニは何でもあって本当に感覚が狂う。あの店で下ろせば14万、ここでは5000円だ。


「これ持ってって19万で売ろうか。」
「5万バック??じゃあその5万でこれもう10本買おう!」
「商売上手……っ!」


お酒の棚に向かって二人でお腹を抱えているのをレジのおじさんが怪訝そうに見ている。結局そのシャンパンはやめてクーラーケースに並んでいたアルコール缶と、菓子パンを二人分買ってまた雨の中歩き出した。

傘の中に菓子パンの甘い匂いが充満する。アルコールで赤ら顔のおついちさんは上機嫌だ。


「ほんとはねぇ、レイを迎えに来たの。」
「そうなの?」
「うん、今日の天気予報見て雨だったなあって思って。仕事も忙しくなったしね。でも、気がついたら終電無くなるし、レイは会社から出てこないし。」
「あら、会社まで来てたの?声かけてくれたら良かったのに。」
「仕事の電話出てる間にレイが出てきちゃったんだよ。」


拗ねた口調でそう言い、こちら側の肩を上げてみせると私の顎を少し持ち上げた。口に含んでいた液体をむせそうになって、謝罪の意を込めてその腕をさする。


「で、見失った後にここしかないと思ってマスターの所に。」
「だからタイミング良かったんだ。まるでストーカーだね。」
「偶然という名のわざとですぅ」
「わざとじゃん。」

「でもね、こうやって歩いて帰るのも悪くないかなあって。」


少し間を置いてそんなことを言うから、私は目を丸くしておついちさんを見上げた。にっと照れ笑いしている。そんなこと、いつも言ったことないのに。


「あ、照れた?」
「まあ、多少は……。お酒飲んでるし。」
「あは、俺も今日飲んでるし。」


青信号の点滅で無意識に止まると、びゅんと目の前を深夜の暴走車が走った。それに傘がぐんと揺れておついちさんが私の方へ傘を寄せる。

その時に距離が一段と近づいて、合わさった視線が近くなった。






唇の温もりが離れた後、傘の中に入り込んだ緑とも青とも言えない光に我に返る。目の前のおついちさんはまだこちらを見たまま。その目はいつもの目じゃなく、慈愛に満ちた恋人の目をしていた。

疼いた胸に少し気づく。
ーーーああ、これが。


「マスター、今頃奥さんとイチャイチャしてるかな。」
「さーね、マスターの奥さん強いからなあ。」


またいつもの調子に戻って私から話を振ると、おついちさんも普通に答えてくれた。再び歩き出し、家までの間他愛のない会話をしつつもおついちさんは私の歩幅に合わせて歩いてくれるし、私もおついちさんの腕を話さなかった。

たまには“こういう時間”もいいかもしれない。



9.こういう。


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