短編(op)

□顔なしの君
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ただ、特定の男と遊びたかっただけなのだ。仮面を掛けて夜の街に繰り出し、男を引っ掛けてはホテルに入り、最後にはお金を握らされる。そんなことを繰り返している内に私は本当の目的を忘れかけていた。だが、二年ほどそんな事を続けていると、あっちの方からモーションを掛けてきたのは好都合だった。


「アンタがこの街の噂の子だろ?」

「貴方こそ、噂になってる人でしょ。」


お互い真意の取れない笑みを見せると、連れ立ってホテルに入った。相手の名前は知らなかった。ただ、この街に2年前ふらりと現れ愛想を振りまき、女性を侍らすこの男は街での夜のアイドルで、この男に選ばれホテルへと連れて行かれれば一ヶ月はその自慢話で夜を渡れるほどだ。

見た目は何処かの貴族のような格好だが、その顔には大きな火傷のあと。夜を生きる女性は知らないが、この男がどこから来てどこへ行くのか、私は知っていた。若いはずのその表情は寂しげで儚げで冷たい。それに目を奪われたと気付いたのは、シャワーを浴びた後その金の髪を拭いてベッドにその男が座った時だった。


「…なァ、お前名前は?噂話だけしか聞いたことねェんだ。」

「私はレイ。あなたは?私も貴方のこと、噂でしか知らないの。」

「おれ、名乗れる身分じゃねェからな……金貰ってヤんのって楽しい?」

「…楽しいよ。なんでそんなこと聞くの?」

「興味があったんだよ。そんなことが出来るって余程金が必要なんだろうなって。」


上半身裸のままで私の腕を掴むと、そのままベッドに私の身体を縫い付けた。シャワー上がりの暖かい掌が身体の上を這う。応えるように両手で男の頬を包み、唇に口付けた。


「やっぱ慣れてるな、ほかの女と全然違う。」

「ほかの女の子ならどうするの?」

「そうだな…照れて顔を隠しちまうか、抵抗してくるか………。」

「あなたもほかの男性と違うね、普通ならこんな色気のない話をしながら人の体まさぐったりしないでしょ。」

「言っただろ、おれはお前に興味があるって。」

「…っん、じゃあ名前教えて。」

「サボ。……誰にも言うなよ。こんなことしてるって。」


反らした喉を優しく噛まれてチクリと痛む。表情を歪めたのが仮面越しでも分かったのか、サボはそれに手を伸ばした。仮面の下から伸びた手を睨み付け、ガシリとその腕を掴んだ。ついでに鳩尾目掛けて膝を突き上げ、ベッドから飛び退く。


「…っつ、乱暴だな…。」

「悪いけど、興醒めしたわ。今日はこの辺で。」

「なっ…待て…!」

「ごめんなさい、また今度。」


ベッドに取り残されたサボはまんまとやられた鳩尾を抑え、私を見ていたが私は気にせず部屋のドアを開けて外に出た。通路はたくさんの嬌声が響いて、一瞬吐き気がする。耳を塞いでホテルを出た。

お金、もらいそびれたなーーそう考えて被りを振る。行為をしていないし、それ以前に仮面を取られそうになったんだ。これ以上深入りしない方がいい。一目惚れした男が遊び人で、相手にされたかったから遊び人になった、なんて。末代までの恥だ。

それから夜遊びをやめた。あの男をみるのも、あの男の話を聞くのも避けて、一目惚れなんて忘れるくらいに夜は眠った。一度だけ、夢に出てきた事があるが直ぐに飛び起きて頭から冷水を被った。ーーー忘れろ、あの男の事なんて。
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