短編(op)

□その時は。
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「おい!お前、聞いたぞ!」


扉を壊す勢いで部屋に飛び込んだおれは、すぐにレイを見つけてその前へ立ちはだかった。レイはおれの声を無視して鞄に荷物を詰めている。

その話を聞いたのはほんのついさっき。甲板で昼寝をしていた時に船員が話していたのだ。「二番隊員のレイさん、他の海賊船からスカウトされたんだってよ。」と、まるで自分の事のように意気揚々と語っているのを聞いて、おれの頭はすぐに覚醒した。そんな事、おれは聞いてない。隊長であるのに、だ。

すぐにマルコに問い質した。おれが聞いていないなら、マルコなら何かしら知っているだろう。そう思って行くと、知らなかったのかと言わんばかりにキョトンとされた。


「レイから聞いてねェのかよい。自分で言うっつーから何も言わなかっただけだ、二週間前くらいにあった話だぜ。」

「二週間!?」


それからまた光の速さでレイの部屋に訪ね、今に至る。まだレイは何も言ってこない。これでも、おれはレイの事を一番気に掛けてるし、何かあったらすぐに飛んでくぐらいなのに、コイツは大事な事を全く言わねェ。今回の事だって、一大事だってのに噂話でやっとおれの耳に入るこの体たらく。


「聞けよ、レイ!」

「聞いてるよ、隊長…。」


鞄を掴み、作業の邪魔をするとレイはやっとおれの方を向く。その顔はうんざりした顔で、またおれは機嫌が悪くなる。話を聞く気になったならなんでもいい、おれは話を続けた。


「二週間前からスカウトされてたんだってな。おれには何も言わねェで、さっさと抜ける気だったのか?そうはいかねェぞ、しっかり筋は通してもらうからな!」

「筋は通したよ、オヤジに。オヤジは好きにしろって言ってくれたんだから、好きにするだけだよ。」

「直系の上司であるおれを無視してんじゃねェ!おれは認めねェからな!」


しらっと言いのけたレイからは、もう意志を変える気は無いらしい。それがわかっているから、おれはそう言い捨てて部屋を出た。怒りで足音が大きく響く。そんな事をしてもおれの怒りは収まらないのに。

自室に入って勢いそのままベッドへ飛び込んだ。怒りが収まらない。自然と二週間前の事を思い出していた。おれとレイはほとんど同じ場所で仕事をしているはずなのに、一体いつそんな話があったんだ。いや、仕事以外の時間は一緒にはいない。話をする隙はたくさんある。

それに、最近は何かと傘下の島や船と交流が多かった。宴もたくさんあったし、酒の席でそんな話をされたのかもしれない。レイは確かに腕っ節は強いし、気が回るし、そりゃ傍にいりゃ野郎は嬉しいだろう。けど、その位置は今現在おれであり、他の奴に明け渡す気は全くない。

おれよりも強ェ奴かな、それとも優しい奴かな。鞄を用意してたレイを思い浮かべる。おれはいてもたってもいられず、自室を飛び出した。






「隊長、今日の書類……」

「あァ、もう済ませた。それより、今日はゆっくり飯でも食おうぜ。途中で寝たりしねェからよ。」

「え?あ、はい、分かりました…?」


次の日、部屋にやってきたレイを食堂へ誘った。結局昨日、何処の誰がスカウトしたかを聞き回ったが誰も知らないらしく、知ることは出来なかった。唯一知っているであろうマルコも「レイが言ってねェなら、知られたくねェんだろ。俺ァ言わねェよい。」なんて解答を頂いた。いらねェそんな模範解答。

だから、おれは徹底的にレイに張り付いて力づくでも手放さない事にした。勿論、ついてまわってる間も探りは忘れちゃいない。


「次のとこ、どんな場所なんだよ?海賊船か?それとも島か?」

「何の話よ…。」

「お前が誘われたトコの話だ。」

「知ってどうするんですか、終わった事ですよ。」


突放すような物言いにムキになりそうになるが、一旦落ち着いた。今日は失敗だ。明日、また挑戦してみるか。




「おーい、レイー!今日は天気がいいぞ、組手やらねェか!」

「……まあ、遊んでいるよりは。」


次の日は甲板でレイを組手に誘った。周りでやり合ってる船員がそっと橋の方へはけて行く。レイが来る頃にはそれらは皆野次馬となっていた。今日は言葉じゃなくて体に聞いてやる!……って何か、厭らしいな。

レイは戦闘員としてこの船に乗っている訳じゃないが、元々とある島で衛兵として働いていた過去を持つ為になかなか強い。メラメラの実の力を使わず戦うとなると、おれでも苦戦するほど。だが、所詮は島の衛兵。海賊に勝てるほどの腕はなく、いつもおれが勝っているのだが。


「ったぁ!……降参!」

「今日はよく粘ったな…!」


一時間経っただろうか、いつもならば30分辺りで組み伏せるのだが今日は嫌に気合が入っていたらしく、おれも手足を痛めた。まあ、すぐ治るだろう。倒れ込んだレイの手を掴んで立ち上がらせると、レイはおれを見上げて小さく笑う。


「今日は一段と嬉しそうだね?」

「あぁ、お前はまだおれ程度に負ける腕だって分かってな。」

「嫌味としては弱くない?」

「おれはまだ強くなるぜ、どうだ、羨ましいだろ?」

「まあね。」


言葉運びはそうでもないレイ、だけどその素直な気持ちがおれは好きだ。真正面から向かってくる奴には信頼が生まれる。それに、おれに憧れてる間はこの船から降りようなんて思わねェはず。思い通りの返事でおれは上がった口角を隠しもせず、レイの背をばしりと叩いた。


「その調子に乗るところは嫌だけど。」

「っでェ!?」


背を叩いた腕を捻りあげられ、いつの間にやらその場に取り押さえられた。くっそ、今日もろくにイイトコみせられなかったな。周りの野次馬が笑いと野次を飛ばして、おれはそいつらを睨みながら内心ため息をついた。

そんな日々を過ごしていたある日。ついにレイが大きなカバンを持って出ていくところに出会した。時間は昼過ぎ。確かこの後、最近功績を挙げた傘下の海賊団が来て宴を開く話になってたはずだ。

おれはこれまで何回も阻止するために試行錯誤してきたが、来る日が来るまでに突き止めることがどうしても出来なかった。「あ」とこちらに気付くレイ。何だ、最後にお別れの言葉でも言うつもりか?


「隊長、今日から私ーー」

「聞かねェっていっただろ。」


一歩こちらに歩み寄ってきたレイをおしのけて、おれはマルコに呼ばれていた会議室へ歩き出した。後ろでレイがぽかんとしているのがありありと感じる。おれがレイを拒絶したことなんて、今まで一度もなかった。いや、きっとこれが最後。……って何言ってんだ、会うのも今日が最後だろ。そんなことを思うと自分が小さく感じた。隊員一人脱退させんのに、ムキになってしかも理由も結局本人からその話すらしてもらえない隊長なんて。





宴の最中もおれはこれまでの数日が嘘だったかのように、レイに当たり障りのない態度をとり続けた。レイは怪訝そうな顔をしたり、たまに切なそうな顔をしたりしながらもいつもの様におれの隣にずっといる。甲斐甲斐しく周りに手を貸す余裕も今日ばかりはなく、そんならしくないレイを見て馬鹿らしくなってきた。


「なんだい、暗い顔しやがって。辛気臭ェな。」

「…るせェよ。」


不意にレイとは反対隣に来たマルコがおれに声を掛ける。ふてた態度がどうしても抜けなくてそのまま反発した。マルコはニヤケ顔でおれの向こうのレイを見る。


「……ちゃんと話してやれよい、隊長様がご機嫌ナナメだぜ。」

「もう終わったことなので。」

「まァ、お前には終わったことだろうなァ。で?部屋の調子はどうよ。」

「今日から別室です、一週間後には直ると聞いています。」

「おう、そうかい。」


その会話を聞いてん?と一瞬思考が止まる。不貞腐れた態度も忘れて、レイに顔を向けてしまったくらいだ。キョトンとしたレイにまた同じ言葉を吐くことになる。


「聞いてねェぞ、そんな話。」

「それは隊長が聞かなかったからでしょう。今日、部屋の移動の時に声掛けたのに無視して行っちゃうし。」

「お前、新しいトコはどうなるんだよ?部屋直るまでいる必要はねェだろ。」

「え?ちょ、エース隊長…私どこにも行きませんよ。」

「は…。」


間抜けな声が口から抜けた。行かない?じゃあ船も降りねェってことだよな。けど、スカウトされたって話は。

頭をぐるぐると疑問符が飛び交って、マルコが「あぁ」と視線を宙に浮かした。納得の行ったようなその視線はすぐに下を向き、肩を震わせ始める始末だ。


「な、何がおかしいんだよ!」


「いやぁ…お前のこの数週間の言動に納得がいってな……!ククッ、ま、あとは本人同士で話し合いなァ。」


未だ忍び笑いを残すマルコは樽のジョッキを片手に戻っていき、どんちゃん騒ぎで周りにはもう一人として座ってる者もいない。ちょこんと二人だけ、甲板の隅で座っているこの状況は、おれの頭を整理付けるのには好都合だった。


「つまりは、私に数週間張り付いていたのは……私がオヤジの船を降りて他の所へ行くのが気に食わなかった?」

「っぶ!」

「うわ!何してるんですか!」


変な所に酒が入って、慌てて咳き込んだ。口を腕で拭うと、今更顔が熱くなる。その通りだ。しかも、マルコのあの様子だとほかの船員もおれの必死のアプローチに気付いているだろう。

ああ、くそ、なんでホント大事な事を言わねェんだよ。終わった事っつーのは、行く行かないの返事が終わったって意味じゃなくて、話自体ポシャった意味での終わった事、だったわけだ。


「……すみません、そんな意味があったとは知らなくて。エース隊長、行くなの一言も言わなかったので、まさか勘違いしてるとは。」

「謝るな、余計惨めになるだろ…。」


コツン、と隣に酒を置いて手を振ってみせる。内心嬉しすぎてドクドクと心臓が波打ち胸が張り裂けそうだ。まだ、まだおれのそばにレイはいる。こんなに大好きなヤツを早々離してたまるか。

チラッとレイを盗み見る、おれの勘違いを自分のミスだと思ったらしい真面目なあいつは、肩を縮こませて酒をちびちび飲んでいた。

その腰を抱き、引き寄せると一緒に立ち上がって「よし!」と大きな声を出した。


「この数週間、お前に張り付いてたから腹減った!お前の食事時間短すぎんだよ、もっと食え!んで、今日はもっと飲むぞ!」

「は、はい…!」


抱いた腰はそのままに船員が群がる場所へ突撃すると、口々に「勘違いヤローが来たぜ!」だの、「エースには勿体ねェな!」だの、ましてや「おめでたか!」なんて野次まで飛ばされたが、全て一蹴して騒ぎを楽しんだ。

おれが理由じゃなくてもいい、レイが船を降りないと決断づけた全ての物に感謝したい。そして、いつかおれに何でも話せるようになったら。


「お前がおれに遠慮してる内は離さねェよ。」

「それは隊長こそ、心配事をぶつけてこない辺り、まだ目が離せませんね。」




3.その時は






俺が“スカウト”してやるんだ。


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