短編(龍が如く)

□わんわん
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「うわ、でか!」

私の部屋の扉を開けた瞬間、谷村さんはそう声を上げた。部屋がでかい訳じゃない、私のでむかえにきた四足歩行の家族に向かって言ったのだ。
私の家にはハスキー犬がいる。大きくて、でもスタイリッシュな体をしたその犬は、青い鋭い目を谷村さんに向けた。

「名前何?」
「マックス。」
「警察の訓練犬みたいだなあ。おー、よしよし。」

さっさと靴を脱ぎ、マックスに歩き出した谷村さんは両手を差し出す。マックスはそれを無視し、私の方へ足早に掛け出すと大きな体を持ち上げて抱き着かれた。

「…。」
「マックスー、ただいま!」

ジト、と視線を感じる。仕方ないだろう、ハスキー犬は飼い主に対する承認欲求のようなものが強い。他者に興味を示さないのはウチの子だけだろうが、そこがまた可愛くて私は大きな体を抱きしめた。

「おやつとかなんかないの?」
「えーと、確か冷蔵庫に…。」

冷蔵庫に向かうと、マックスも背中に張り付いて着いてくる。その様子を後ろで見ていた谷村さんが噴き出した。

「お前が男っ気ない理由、今わかった。」
「なになに?何で?」
「マックスが男みたいだもん。」
「え?あー、まあ。」

それでもいっかな、とまたマックスを抱き締めた。
さてお目当てのジャーキーを取り出すと、マックスの目が一層輝いた。それを見せてから、谷村さんに一本渡すとマックスは号令が掛かるのを座って待ち始めた。
それを見て自然に谷村さんをベッドの前に誘導する。「なに?」と不思議そうにしていたが、「よしって言えば食べるよう訓練してるよ」と伝えると、「よし。」と谷村さんは口走った。

「あ、待て!今の“よし”はお前への“よし”じゃなくて―――!」

言い終わる前にマックスは谷村さんからジャーキーを奪い取り、それを飲み込んだ後にベッドへ谷村さんごと倒れ込んだ。その後はもう見ていられない。
谷村さんの聞いたことの無い子供のような笑い声と少しの悲鳴、そしてマックスの鼻息だかが響いて私も笑った。

「羚っ、早く助けろ!うわ、ばっか、舐めんなって!」
「マックス、マックス待て!ほらぁ、待って!」

谷村さんに覆い被さるマックスに、更に覆いかぶさってその背中に頬擦りすると次は私にじゃれ始めた。べろっと頬を分厚い舌が這って、それが擽ったくて谷村さんの隣に寝転がった。
マックスの猛攻に二人でそのもふもふの体を抱き締め、ちぎれんばかりに振り回すそのしっぽまで撫で回して、やっとマックスは満足したらしい。

ベッドを下り、そのまま自分の食事スペースに戻って水を飲み始めた。その様子を見て「えー、いきなり塩対応。」と谷村さんが起き上がった。いつもの事だから私は特に反応もしないが、この緩急がまた愛おしかったりする。

「こういうのが可愛いんだよねえ、犬って。」
「…。」

谷村さんが不意に無言でこちらを見る。それから、ゆっくり近づいて私の頭の横に肘を着いた。先程までマックスがいた距離に、人間が、しかも谷村さんがいることに一瞬で緊張して喉が鳴った。

「俺も、真似しよっかな。」
「…え?」

固まっている私を見て、谷村さんはくすりと笑う。ゆっくり瞼が閉じられ、一層身体が固まる。
これは、私も目を閉じた方がいいのか?これって所謂……いや、でも、私と谷村さんはそういう仲じゃないはずだ。今までだって、ただ一緒に食事に行って、飲みに行って、麻雀して…そんな友達のような関係だと思ってた。一方的に私が好きだと。

「―――あ。」
「あ?…っうわぁ!」

シリアス真っ只中に黒い影。谷村さんの背中に現れたそれは、爛々とした目でのしかかってきて、咄嗟に私は顔を背けて谷村さんは私の肩口に頭をぶつけた。布団が受け止めてくれただろう谷村さんの頭を踏みつけながら、マックスはヨダレを垂らしつつ私の顔に鼻先を擦り付けてきた。
二人分(一人と一匹)の体重で動けない私は、その洗礼を浴び続けるしか無かった。

「やっぱお前の男は犬だわ…。」
「うぅ、重たいから早くどいて二人とも…。」
「絶対ヤだ。な、マックス。」
「♪」

それから、マックスは谷村さんと妙に仲が良くなって、週に何回か散歩に行かせてくれと家に入り浸るようになった。まるで悪友のようで、私はそれにいつも付き合わされる羽目になるのだが。

11.わんわん


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