短編(龍が如く)

□旧友はどこへ
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「じゃあな。」
「まったあっした〜!」

ほろ酔い、いや泥酔一歩手前で足元がおぼつかない。だけど、電車にさえ乗ればちゃんと家について、気が付けば出勤時間に目が覚める。仕事に行って、また飲みにいつもの店に寄る。その怠惰な繰り返しが私の日常だった。
だけど、いつの日か仕事が忙しくなって飲みに行く時間が無くなって、それでも飲み友達との連絡は取り合っていたから寂しくはなかった。そして一年くらい経って久しぶりになじみの飲み屋に行くと、飲み友達のメンツが変わっていた。
――――いや、厳密に言うと一人欠けていた。

「羚じゃん、久しぶりぃ!仕事辞めてきたか?」
「そんなわけないじゃん!有能だからね、一年あればこんなもんよ。」
「なんっだそれ、お前が有能なら俺は天才だな!」

友達の温度は変わらない。だけど、真ん中にいた人物が欠けているのだからおのずと疑問を口に出さずにはいられなかった。

「大吾さんは?今日いないの?」
「あー、大吾さんはー…。」

友達の一人が言葉を濁す。なんだなんだ、喧嘩でもしたのかと心配になった。
堂島大吾、その人物はここにいる男たちが皆一様に兄貴のように慕っていた人物だ。この飲み屋でわざわざ溜まって飲むようになったのも、大吾さんがこの店にふらっと入ったのが始まりで。店主も気があったものだから、いつの間にかここが遊び場兼集合場所にもなっていた。
だが、私が離れている間にその大吾さんがいなくなったというのだから驚きだ。気が付けばその会話を聞いていた友達が暗い顔をしている。

「何?喧嘩したの?」
「いや、お前がこなくなったすぐくらいに大吾さんの兄貴分?いや、なんてったかな……スゲー強い男が来てさ。それでその人に大吾さん着いていったまま、もう飲み会に参加できないってメッセージがきてそれきりなんだよ。」
「何それ、拉致?」
「そういう感じじゃなくて…。」

そこで思い出す。確か、大吾さんの家は極道だったな。ここの男たちは知らないが、大吾さんの親は組を持っているそこそこ大きな極道だと本人からいつしか聞いたことがある。とても強い男が来て、大吾さんを連れて行ったのならそれ関係の人間だろうか。
大吾さんが飲み回る理由も親が殺されたか、亡くなったかで自棄になって、極道に喧嘩を売ってどうのこうのって聞いたような。遠い昔のおぼろげな記憶は鮮明には思い出さなかった。

「…私が探してみるよ。何かに巻き込まれてるかもしれないし。」
「止めとけって、あの人超強かったんだぜ。俺らが囲んだのに返り討ちだよ?」
「それはアンタらが飲んだくれてたからでしょ。」
「いやー…そうじゃないと思うけど…。」

未だにもごもごとつぶやいている友達をしり目に携帯を取り出した。大吾さんの番号は残してある。迷わずにかけてみた。
……つながらない。電話番号を変えているらしい。この番号は使われていないというアナウンスが流れて、しょうがなく切った。なんだ、付き合いの悪い男だ。私は一番大吾さんの内部事情を知っているのに、最後の最後は私に何も言わずに消えるだなんて。
私は一杯だけ酒をもらい、飲み屋を出た。この街には心強い味方がいるのだ。

××××

「なんだ、お前か。」
「久しぶり、お花屋さん。」
「花は売ってねえ。」

立ち寄ったのは賽の河原。いつの間にか西公園はなくなっていたし、だだっ広い広場になっていたそこは工事現場で、ぽつんとプレハブの小屋しかなかった。だが、古い地下鉄の駅への道は変わらずあって、そこに入ってしまえばいつもと変わらない遊郭がそこにあった。
そのもっと奥、大きな水槽が待ち受ける幻想的な空間に、変わらない様子の花屋がいた。私を見ては面倒なのが来たと言わんばかりに表情を曇らせてくれた。

「知り合いを探しててさ。」
「お前今日は金持ってんだろうな?この前の分の代金も払われてねえぞ。」
「えー、じゃあ今回のは私が探してる人からふんだくってよ。」
「なんだ、どこの金持ちを探してんだ。」
「金持ちっていうか、ヤクザの息子なんだけど…。堂島大吾ってやつ。」

私がその名前を出すと、花屋は軽口を叩くのをやめた。そして大きな声で笑い始めたのだ。何か変な事を言っただろうか、何が何だか分からない。
一頻り笑った後、花屋はのしかかるように座っていた体を少し起こし、「いいぜ」と快諾してくれた。

「堂島大吾なら支払いには困らねえ筈だ。教えてやるよ。」
「モニターに出してくれる?」
「出すまでもねえよ、タクシーでここに行きな。」

そう言うと花屋は乱暴にその辺の紙切れに住所を書いた。何とか読めるその字の住所に見覚えはない。

「ああ、タクシーの運ちゃんには近くまででいいっていうんだぜ。じゃねえとどうなるか分かんねえからな。」
「どういう事、超重要機密機構にでも就職したの?」
「まぁ、そんなようなものだ。」

花屋は相変わらず気味が悪い笑いを浮かべていたが、それ以上質問することもなく「ありがとう」とだけ言って、賽の河原を後にした。
貰った住所は神室町から少し離れていた。住宅街に近いその住所に家の住所かとも思っていたが、タクシーが止まった場所の少し前には大きな木の看板が掛けられた和様のこれまた大きな屋敷があった。

「ほ、本当に行かれるんですか…?」

タクシーの運転手は委縮した様子で私を振り返る。ここまで来てしまったのだから仕方がない。大吾さんに情報量を払わせると言ってしまったんだ、手ぶらで帰るわけも行かず。
運転手に一万円札を差し出し、タクシーを降りた。映画かドラマでしか見たことのない“その”屋敷に、「やっぱり組入りしたのか…」と確信に変わる。これ、入れるのだろうか。
だが、唯一知っている連絡先である携帯番号を変えられているのだからアポイントさえ取れない。花屋にそれこそ頼むべきだったのでは。しかも、今は夜だ。余計にカチコミだと間違えられないだろうか。

門の前には誰もいなかった。そっと中を覗き込むと石畳がまっすぐ敷かれていて、その両脇を砂利道で埋められている。門の看板には"東城会本部"と書いてあった。東城会…?東城会、本部…?神室町で遊んでいる私はその名前に心当たりがあった。
関東一番の極道組織の本部だ。気が付いた時にはもう敷かれた石畳を半分ほど進んだ時だった。

「んっ?誰だ!」
「!」

うわの空で歩いていたから横道にいる黒いスーツの男に気付けなかった。街にいるチンピラ連中なんかとは違う迫力。凄まれてもいないのに、気迫が出ていて体が震えあがった。
何か、何か言わないと…!そうこうしている間に男の後ろから同じ格好の男が二人、三人、と追いかけてくる。ダメだ、囲まれたらつまみ出される!私はとっさの判断で反対側の細道に走り出した。

「待て!おいっ、捕まえろ!お前は応援を呼んで来い!」

応援なんて呼ばなくていい!!心の中で突っ込んだが、後ろからする足音に振り替えることもせずに無我夢中に逃げ回った。
それから裏口らしきところから中に入ると、中はもっとすごかった。外から見た建物は和式だったけど、中は赤いカーペットが床を埋める洋式に近い内装だったのだ。台座に鎮座する調度品は骨董品だろうか、私にはその趣味が分からなかったが今は吟味している暇もない。

「いたぞ!」
「あっ!」

庭と違って一本道の廊下は体を隠せない。気が付けば前と後ろに黒服がいて、私は逃げ場を失ってしまった。
花屋の情報ならここには大吾さんがいるはず。しかもその人は極道社会で生きているのだから、ここで知り合いの私が捕まれば一年前に入ったであろう見習いの大吾さんは破門にでもなってしまうかもしれない。破門で済めばいいけど、もし、万が一、生死で責任を取らせたら…!?
でもどうなんだろう、極道の一年は長いのか!?極道は短命そうだもんなぁ。
考えはまとまらず、その間に目の前の男が拳を振り上げた。

「大人しく掴まれ!」
「っ!」

咄嗟にそれを避け、後ろに一歩引く。近くに来ていた背後の黒服の一人が私の首に腕を回して体を拘束した。もがくが力が強くて振りほどけない。その間に目の前の男が再びにじり寄ってきていた。
腹に力を入れ、両足を持ち上げると目の前の男に両足を突き出した。思わぬ反撃に男はよろけ、その間に素早く両足を地に踏ん張って、渾身の力を肘撃ちに込めて背後からの拘束を解いた。
女相手だから加減をしていたのだろう、逃げられない様にと取り囲んだまま何もしていなかった男たちが一瞬面食らった顔をしていて、途端にわっとまとめて襲い掛かってきた。

「ちょっと!」
「ぐっ!」
「話を聞いて!」
「大人しくしろっ!」
「そっちが手出すからじゃん!」
「コイツ、強いぞ!」

何人かが足元に転がり、私は立ち上がろうとするそれらに「ごめん」と思いつつも、片足を振り下ろした。その間にも人は駆けつけてくる。流石本部だ、何人構成員が待機しているのか。
力で向かってくる男達を交わし、その背中に何度か肘や膝を打ち込んでいると応援の間を縫うようにして声がした。

「止めろ!」

その声は聞き覚えのある声だった。
は、と振り上げた拳を上げたまま自然と体が止まった。顎を突き上げられた男がその場に横たわり、ドサッという音を最後にしてあんなに怒声や打撃音で満たされていた廊下が静まり返った。
構成員たちも一瞬、その声が誰のものかわからなかったらしく、皆少し考えた後にさっと廊下の両端に綺麗に整列し、同じ角度で頭を下げた。
未だに間抜けな顔をしたままの私はその声がした方を見て、やっと状況を飲み込んだ。

「…だい、ご?」
「お前は本当に…いつも厄介事を持ち込んでくるな…。」

そこにいたのは一年ですっかり変わった大吾さんがいた。短かった髪は伸ばされて、綺麗に後ろへ撫でつけられていて、どこか人生を達観していた顔は威厳のある厳格な表情が良く似合っていた。
悪ガキのような大吾さんが知らない内に、この周りの屈強な男たちがいう事を聞くほどのカリスマに変身を遂げている事に未だ考えが追い付かなかった。目の前までやってきて、今しがた私に手酷くやられた男の顔を見る。

「お前等、散っていいぞ。怪我した奴は手当てしてこい。こいつは俺の昔の連れなんだ、許してやってくれ。」

誰に言うでもなく、大吾さんがそう言うと頭を上げた男たちが再度浅く会釈をして、廊下の向こうに消えていった。その背中を見送り、大吾さんはこちらを振り向く。

「お前も、消毒液くらいは用意してやる。ついてこい。」
「あ、ハイ。」

気が付けば唇の端がピリッと痛んだし、脚の脛もジンジンと痛み出した。大吾さんはなんでもお見通しなのだ。

××××

通された部屋に入ると、そこには一人の男が待っていた。素人目で見ても高級そうなスーツを着ていて、極道というよりはどこかの社長のようだ。ソファーに座ったまま優雅に書類に目を通していた視線が大吾さんと私を見て「どちら様ですか」と恐らく大吾さんに問い掛けた。
大吾さんはやれやれと言ったようにため息をつき、私をその人の座るソファーの対面側に導く。

「一年前、神室町で飲み歩いていた時の連れだ。何も言わずにいなくなった俺を探しに来たんだろう。」
「それは熱心なお友達ですね。」

鼻で笑われてむっとした。新しい相棒だろうか、どこか大吾さんの表情は誇らしげで、笑いのタネにされた事が私は不愉快でフンと鼻を鳴らす。整った顔立ちの男がキッとこちらをにらんだのは気のせいだろうか。

「羚、今の俺は東城会の六代目会長なんだ。もう飲みには行けない、あいつらにもそう伝えてやってくれ。」
「あんなに極道は嫌だと言っていたのに?」
「事情が変わったんだ、今は…むしろこうなってよかったと思ってるよ。」

大吾さんはそう言って小さく微笑んだ。あぁ、一年前と同じだ。変なチンピラに囲まれて、傷だらけになりながらも勝った時の表情だった。私はさみしさを自覚して、うつむいてしまった。
喧嘩したわけでもないのに絶縁宣言をされた気分だ。当たり前か、私は一般人で大吾さんは極道組織の最重要人物。一緒に行動すれば不都合が多いのだろう。
その時、目の前のソファーにいた男が「良いじゃないですか」とつぶやいた。私は顔を上げる。

「さっきの騒ぎを聞くに、ただの女性ではないんでしょう。大吾さんも最近は息抜きも十分にできていないようですし、いい機会じゃないですか?」
「峯、お前…。」
「周りの目が気になるなら私もご一緒しますよ、最も、そうしても異質な組み合わせに見えるでしょうが。」

峯、と呼ばれたその男は不敵な笑みを浮かべている。大吾さんが困ったように眉を下げていて、この二人の関係性は相当親密なのだと気付いた。飲み友達の誰もが大吾さんに意見をいう事はなかった。それをやってのける峯さんに私は少し驚く。
その様子を見て、大吾さんは一つ咳払いをすると私の隣に座り、棚から出してきた木造りの救急箱をテーブルの上で開けた。
大吾さんはおもむろに消毒液をしみこませた綿を私の口端へ押し付けた。乱暴な手当てに「いった!」と声を上げてしまった。何とも言えない無言が訪れて、考え込んだそぶりを見せつつも大吾さんが口を開く。

「そこまで言うなら付き合ってもらう事にするか…。」

私は痛みに耐えながらもその返事を聞き逃す事はなかった。そして、その一週間以内に飲みの誘いが来たのだった。

「…気になっていたんですけど、貴方は何者?」
「さぁ、また今度教えて差し上げますよ。」

古いアパート前まで高級そうな車でお迎えに来られたのはびっくりしたが。やっぱり、知らない間に大吾さんは私の知らない世界に行ってしまったらしい。少し寂しいが、今まさに隣にいる本人は変わらない様子で笑っているのだから気にしない事にした。


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