短編(龍が如く)

□役
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今日は本当についていない。

「あ、それ俺ポンね。」
「…またなんか企んでる。」
「そういうゲームじゃん。」

四角の卓で、私の目の前に座る谷村さんが煙草を片手に笑っている。この流れはかれこれ一時間から何回も体験している。谷村さん以外に卓についている、今ではなじみになったおじさん達もそれが分かっているからニヤニヤしていた。
悩みに悩んでまた一つ取り、捨てる。隣のおじさんも一つ場に出してまた谷村さんがひときわ大きく笑った。

「ごめん、俺上がり。」

慣れた手つきで自分の牌達を倒して見せた。綺麗に並んだ牌達は見覚えのある牌がチラホラ。私が選び、捨ててきた牌だ。こうなれば悔しさも倍増して、座り心地の悪い椅子の上で反りかえった。

「もおー!意地悪い勝ち方してんのバレてるからね!」
「あ、バレてた?俺、もう今日勝ち越し決定だからさぁ。」
「勝つならいっその事思いっきりしてよ〜!」
「それじゃ俺の嫌がらせの意味ないし。」

今日は仕事帰りが暇で、中道通りのゲームセンターで遊んでいたら警ら中のおまわりさんに見つかった。何故仕事中の谷村さんにゲームセンターで会うのか、それは考える気も出ないのだが何故その後に雀荘に来てしまっているのかは考えた方が良いだろう。
それから夕方を過ぎてもその卓から離れることは許されず、もう財布の中身は大火事だ。これ以上負ければ明日からカップラーメン生活も回避できない。
出た牌を一人が片し始めると、雀荘の時計を見て「あ」と谷村さんが声を上げる。

「俺、そろそろ上がりだわ。一回署に戻ってまた来る。それまでに負け分取り戻せよ、次こそ真剣勝負な。」
「えぇ、もう無理だって…。」
「俺の掛け金使っていいから遊んでなよ。」

おじさん二人も今日ばかりは負けていても上機嫌だ。いや、どえらく負けている私がいるからに他ならないが。ついでに顔見知りになった雀荘の主人も笑いながら灰皿を変えに来た。
それから谷村さんが抜けても、私は負け続けた。そりゃ意地の悪い勝ち方はされなかったけれど、狂人のレベルで雀荘に入り浸っている人間に役牌すら危うい私が勝てるわけもなく。
谷村さんが残していった掛け金を半分以上減らしても一度も二位には上がれなかった。もう牌を見る事すら嫌になってくる。

「あれ、羚ちゃん?今日来てんだ。」
「あ、お久しぶりです。」

そんな折、馴染の一人が来た。正直、この人は少し苦手。谷村さんも楽しんで私を貶めるが、この人もそんなタイプで、しかも金づるにしたいのかどん底を這いずってる私が好きなのか、掛け金を上げてきたりする。
だが、三人そろえば私は抜けても構わない。どうせ、もう少ししたら谷村さんが帰ってくるし、そもそも私の今の遊んでいるお金は谷村さんのお金だ。わざわざ溶かしに来るような人とゲームをする必要もない。
だが、その男はニヤと笑って私の目の前の席に座る。

「今日俺誕生日なんだよね、羚ちゃんと麻雀出来るなんて来てよかった〜。」

周りのおじさんの笑顔が同情に変わったのは間違いない。
それから30分としない内に私の手持ちはぐんぐん吸い取られていった。立直、一発狙い、小さな点をテクニックで大きな点にしていく様子に私のテンションは駄々下がり。情報量で負けているのは明らかだ。
最後の一局だが首の皮一枚でつながっている、おそらく最後だから役満をそろえてくるだろう。次こそ私の持ち点はマイナスになってしまう。
あー…本当になんでここにきてしまったんだろう。まっすぐ家に帰ればよかったのに。

「あれ、俺の席は?」

その時、背後から声がした。谷村さんだ。おそらく仕事は終わったのだろうが、いつもと変わらない恰好で先ほどと同じように軽い調子だ。私は彼が離席している間にこんなにも憔悴しきっているというのに。
これ幸いと元からいたおじさん二人が谷村さんを迎える。面白くない顔をしたのは私を金づるにしている男だった。

「谷村さん、今日来てたんですねえ。すみません、俺さっききて。」
「お久しぶりっす。何、また負けてんの、お前?」
「…。」

肩口から覗き込まれる。口調こそ砕けていたが声色はまじめな物だった。笑われるかと思っていたのに。
すると他の卓から椅子を引き摺ってきて、私の隣にそれを置き座った。外の匂いがして、その距離の近さに体が強張った。もしかして見学する気なのだろうか、どうして私の手元を…。
一言言ってやろうとしたが、振り向いた時には谷村さんは「ねえ」と私の目の前の男に声を掛ける。

「コイツ、今日負け続いてんすよ。俺の持ち点もすげえ振り込んでるし。ちょっと指南してもいいすか?初心者特別って事で。」
「えっ、ホントに?」
「当たり前だろ、お前負けすぎなんだよ。」

肩をぶつけられてそもそも負かしたのは貴方だよと言い掛けたが、おじさん二人が再びほっとした顔で肯定が続く。身内だからこその歓迎ムードだったが、私をまたどん底まで負け落としたい男は不服そうな顔で。

「それは興ざめでしょぉ、羚ちゃんと真剣勝負したいのよ俺は。」
「真剣勝負したいなら俺と今度しましょう、初心者相手にしても面白くないっすよ。」
「…。」

乾いた笑い声を含ませているが、これは谷村さんがイラついている時の仕草だ。再び緊張で頬が強張った。やっぱり谷村さんの掛け金つぎ込んだの、まずかったな…。縮こまっていると、「ホラ」と指先をつつかれる。

「あの野郎、前から調子乗ってんなと思ってたんだよ。痛い目見せてやれ。」

周りの声にかき消されてはいるが、明確な敵意をむき出しにした声が耳元に寄せられる。が、私はそんな闘争心を牌に投影できるほどの腕を持っていない。先ほどよりも何倍も空気が張り詰めていて、配られた牌を見て見るがどれを捨てればいいのか悩んでしまった。

「んー…こっち残そうぜ。同じ牌死ぬ気で引き当てろ。」
「そんな無茶な…あ、竹。」
「索子な。じゃあ次こっち捨てる?いや、萬子にするか…?」
「この竹は?」
「今来た奴をすぐ捨てんのもなぁ。あ、馬鹿、それ八だぞ。そこじゃねえ。」
「えっ、このMみたいなやつ八なの?」
「マジかよ、お前?」

指南、と言いつつ谷村さんは一緒に悩んでくれていた。というよりも、自分のゲームのように楽しむその姿に麻雀が本当に好きなんだなぁと思わざるを得なかった。風牌を残しつつ、どの役が一番近いか…と考えてくれている間に私は牌を捨て、拾い、そしてまた谷村さんを悩ませた。
やがて、同じ牌をそろえろと至極簡単な任務だけを遂行していた私は、一牌を三色集め、筒子の九牌が二つそろった。そして大事にしていた自風牌三つ。あれっ、これそろったのでは??

「あっ、私――――」
「馬鹿、そんな小さい役で上がるな、ナシナシ、今のナシ。続けて。」

立ち上がりかけた私の腕を掴み、両手で抑え席に座らせた谷村さんはせっかく残していた風牌を捨てた。ぁぁ!やっと上がれていたのに…!まぁ、確かにまだ流局には少しあるし…と納得させては見たが落ち着かない。
今、今上がれてたのに…!立直すらしないって事は、おそらく風牌を捨てて他の牌をそろえる気なんだ…!無理だ、そんな勝負運を私は持ち合わせていない…!
たじろいで背もたれに背を預けようとすると、それよりも前にいる谷村さんの左肩が私の背中を支えた。

「俺、今日すげえ運いいかも。」
「え、谷村さんの?私のは?」
「いやお前も。これ、そろったら驕るわ。」

そろったらって、そろわなければ私は無一文無しで今日の分の谷村さんは入れ込んだお金も全部なくなるんだぞ…とは言えなかった。理由は私だから。
牌をつまみ上げ、また一つ悪い笑みを浮かべる。
仲良いなぁと笑ってくれる隣のおじさんに恥ずかしくなって黙った。からかわれるのは慣れていない。その間に風牌は筒子の九一つと索子の九になっていた。谷村さんは1000点を前に置く。――――ちょっと勝手に!

「俺達立直ね。」
「はぁ!?」
「えっ、このタイミングで?」
「谷村さんヤバいよー、何持ってんの!?」

今にも高笑いしはじめそうなほど上機嫌な谷村さんは、私の肩を抱き寄せる。より一層の小声で牌を指さした。

「今から来る牌、索子…竹の九が来るまで捨て続けろ。来なかったら明日から俺の昼めし驕れよ。」
「絶対いやなんだけど…!」

その時、ガチャンと牌が音を立てた。前の男だ。ぶるぶると震える指先で山から牌を取り出して並べた。顔色がとても悪い。その様子に谷村さんは目を細め、「俺達の手バレてるわ」と私だけにまた呟いた。
当然、私達が持っている牌は場に見える形ではない。三色の一牌、筒子の九、索子の九が一つ。これだけ同じ数を持っていれば、慣れた人なら何か気づくといったところだろうか。
あんなに青ざめているという事は、そこそこの役牌なんだろう。ならば勝敗を決するのは筒子の九をこちらが先に取るかあっちが先に取るかだ。
そして話は変わるが谷村さんは良く食べる。人のお金なら容赦しない。絶対に負けられない。

「ていうかさ、なんで羚にそんな付きまとうのアンタ?」
「えっ。」

立直しているから牌を捨て続ける私の後ろで、谷村さんが切り出した。目の前の男は目を丸くする。私はなんだかその会話に入るのが憚られて、緑のテーブルに視線を移していた。その背を優しくぽんと叩かれる。

「バレてないとでも思った?バレバレ。羚がついてる時だけ張り切って役揃えてんの気付いてるよ。」

「女の金に困ってる顔見んの好きなわけ?悪趣味過ぎない?」

「一応こいつの連れだからさ、黙ってみてられないんだよね。」

男は目を丸くしたが平静を繕い、泳いだ目で自分の牌を見ては1つ摘む。その動作に追い立てるように谷村さんは続けた。いつもは丸い人の良さそうなその目が敵意に細まる。

「だからこれに懲りて、変なちょっかい掛けないでね。俺のオモチャだからさ。」
「あ…。」
「それ、ロン。」

男の出した捨牌は私が手繰りよせろと言われていた牌だった。
なれない手つきで牌を全て倒して見せる、谷村さんとにらみ合っている男以外のおじさんが身を乗り出して大きな声を出した。一人なんて煙草を咥えていたのに、取り落としそうになっている。
その日、私は今日に散財した分を初めて取り返した。まさか谷村さんの分までは帰ってこなかったが、それでも二人分の半分以上は帰ってきていたので、谷村さんも雀荘を出た時は上機嫌だった。

「おし、飲みに行くか!今日は美味いぞ〜!」
「さっきのオモチャって何!?」
「本当の事じゃん、分かりやすいんだよなぁ。お前。」
「でも、今日は私のおかげで少しは帰って来たでしょ!」
「馬鹿、俺のおかげだろ。役わかんないくせにさ。」
「そうだ、さっきの役何?」
「教えない。ほら行くぞ。」

人の多い大通りへ歩き出した谷村さんを慌てて追いかけた。それから、あの男の人が私に絡んでくることもなく、谷村さんがついた卓には近寄りもしなくなった。それくらいの大きな役だったようだ。
たま〜にこうやって"役"に立つんだよね、と好き勝手お酒を頼みまくる谷村さんの横顔を見ていた。




2.役:清老頭 四暗刻


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