短編(龍が如く)

□Aise.
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少し乱暴な事件があって街に警戒態勢が敷かれた時、一番最初に探すのはかつての警察学校時代の同期だった。瞬く間に成績を伸ばし、時を同じくして制服を貰った時には彼女は一課に配属されていた。だから、会おうにも真面目な彼女は毎日忙しそうに街を走り回り、今だって沢山の同僚達に囲まれて眉間に皺なんて寄せてしまっている。
美人だとは思ったことは無いが、人間的パーツとして皺のないその肌が勿体ないなぁと遠巻きからその様子を見ていた。俺は今日もいつもと変わらない、警らという名のサボりだ。

「!」

煙草を吸い終わり、もう一本…とポケットからケースを取り出して、ふと再び同僚の方へ自然と視線を寄越すと、こちらを真っ直ぐ見ていた。ドキッと背筋が凍る。―――やべ、見てんのバレた。
煙草を咥えるのを忘れ、不格好に愛想を顔に貼り付けては見たがふっと無視され、羚の顔は自身の隣にいる警官へ移る。

「なんだよ……。」

まるで存在を拒否されたようで。たまに喫煙所で会えば話もするし、少し前だって飯だ酒だと一緒に行ったのに。そんなに不真面目な俺が気に食わないのか。
次こそ煙草を咥え、火をつけた。心のモヤモヤを煙に巻き、口から吐き出す。凝視するのもアホらしくなって、羚に背を向けた。

「羚さん、こちらに!目撃者がいるようです!」
「ゲッ……。」

せっかく視線を遮ったのに、向いた方向、通りに面するT字路に他の警官がいた。しかも俺の背後にいるだろう、羚を大きな声で呼ぶ始末。
古臭いスナックの看板に身を寄せ、せめてその警官だけには見つからないようにしようと壁際を見つめていると、ふんわり嗅ぎなれた柔軟剤の匂いが迫ってくる。

「確保。」
「俺じゃねえよ。」
「犯人はみんなそう言うよ。」

背中をぽんと押されて、振り返った。やっぱり、と言うべきかそこには羚がいて、先程の眉間の皺はなく朗らかに笑っていた。いつもの羚だ。
次いでその後ろを他の警官が走っていく。羚を呼んだ警官の対応を始めたようだ。羚はというと、俺の手の煙を見るなりニヤと口角を上げて。

「またサボりだ。」
「俺がサボって無いとこ見たことある?」
「ある、無線聞いて走り出すところを何回も見たことあるよ。」
「けど無線聞くまではサボりだぜ。」
「警らと聞いてますよ。」
「あー、そうそう。そうだった。」

貶しているのか褒めたいのか、いやただ単に俺を見つけて話し掛けただけなのだろう。取り留めのない会話を交わして、そういえばこんな風に話したのは何ヶ月ぶりかと考えた。飯も酒も数ヶ月前の、別段特別でも何でもない日に行ったっきり。
会話が切れて、居心地が悪くなる。またゆっくり肩を並べて酒を煽りたいな。

「羚、あのさ―――」

言いかけた時、右耳のイヤフォンがノイズ混じりに話し出す。―――本庁より入電、公園前通りで暴行事件―――思ったよりも大きなノイズは羚には聞こえただろうか。
いや、言葉を切った俺に彼女は気づいたらしい。俺の煙草を取り上げ、最後の一吸いを味わうように肺に送り込むと床に落とし、灰柄を踏み付けて鎮火させる。
エリートらしからぬ行儀の悪さに笑みが零れた。羚は羚だな。と安堵さえ。

「不法投棄は軽犯罪だぞ。」
「じゃあ、今日の夜にお巡りさんの大好きな賄賂払いますので見逃してくださいませ。」
「1000万も?」
「1000円ね。」

早く行けとばかりに看板の影から引っ張りあげられた。つんのめる勢いで歩きだし、しょうがないなぁと愚痴を零す。
まあ、行けと言われて行くのもたまにはいいかな。と思えて最後に背後を振り返る。
今しがた自分で捨てた灰柄を摘み上げ、俺の視線にまた気付いた羚は次はしたり顔で顔を背けてしまった。
いつの間にか心のモヤモヤはなくなって、羚と美味い酒が飲めるなら今日くらい真面目に仕事してもいいんじゃないかと、公園前通りに走り出した。


1.Aise


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