短編(2BRO.)

□大人ってのは
2ページ/25ページ




次の日、顔も洗わずに寝たから肌の状態がすこぶる悪い。シャワーを浴びているとだんだんと脳が覚醒してきて、昨日ばったり出くわした兄者の事を思い出した。そういえば、半ば逃げるようにして帰って来たんだった。気になってシャワーを済ませた後に携帯を見ると、やはり画面には懐かしい番号が表示されていた。

不在着信と表示されたそれは一時間ほど前の物だ。リダイヤルしてみた。思いのほかすぐ兄者は電話に出た。低い声は電子機器を通すと余計に低く感じて少し怖い。


「寝てた?」

『何時だと思ってんだ?もう11時前だぞ。昨日、様子がおかしかったから電話しただけだ、ちゃんとメシ食ったか?』

「お母さんか、食べたよ。今からまた食べるつもり。お昼ご飯どっか食べに行く?」

『馬鹿か、お前は。お前には連絡しなくちゃいけない人間が他にいるでしょ。』

「…待ってないでしょ、私の連絡なんて。」

『それが待ってんのよ、いい歳だってのに何年も女っ気なくて困ったもんよ。どうせ番号まだ持ってんだろ?連絡してやれよ。』

「しないよ。私、仕事で忙しいからきっとこのまま縁を切った方がいいんだよ。」

『……まぁ無理強いはしないけど。どこ行く、メシ?迎えに行くから用意して待ってろ。』


私の性格を知っている兄者はそれ以上おついちとの事に進言せず、一方的に約束を取り付けると電話を切った。薄くメイクをしているとメールを受信し、「弟も行くから」と不愛想な文字が並んでいた。おついちとは会いたくはないが、弟者と会えることは素直に嬉しかった。心の奥底では昔のように戻りたいと思っていたのかもしれない。



少しして家の前で待っていると見覚えのある車がのろのろと進んできた。運転席の人物は色の濃いサングラスを下げ、周りをきょろきょろと見回しながら何かを探している。そして私を見つけると、手を挙げて口元に笑みを浮かべた。


「久しぶりで道忘れてたわ。弟者居なかったら迷ってたとこだ、やべえ。」

「久しぶり、レイ!」


後部座席が勢いよく開き、中から弟者が出てくると私の腕を掴んで車の中に引っ張り込んだ。久しぶりの弟者は兄者と同じで前会った時と変わっていない。笑顔で私の体をべたべた障ると、「本当にレイだよね?別人じゃないよね?」と何度も問い掛けた。

疎遠になっても私の事を心配してくれていたのは兄者だけじゃないようだ。それに、おそらくおついちさんも…。考えかけてやめた。今の私では会えない。なんとなく、そんな気がしたからだ。


「レイ、まだあの会社務めてんの?辞めなって、また不当な扱い受けてんでしょ、体壊すよホント。」

「最近はいい方だよ。休みだってやっともらえたし。」

「普通休みは毎週もらえるものなの!っていうか、女の子なのに深夜まで仕事してるなんてありえないから!」


食事は大通りにあるレストランでとることになった。車も止めやすいし、値段もリーズナブルで何より広い。各々好きな料理を注文し、二人の近況も聞いてみた。相変わらず仕事をしながらもゲームに没頭する日々を過ごしているようだ。本当に変わっていない。


「ねね、またウチに遊びに来なよ。変わらず俺ら二人暮しだからさー。またゲーム一緒にしようよ。」

「んー、そうだね。」


半分聞き流すように弟者の言葉にうなづくと、弟者の隣に座る兄者がその肩を肘で小突いた。バツが悪そうな顔をすると、弟者はため息を小さく吐いて私を真剣な目で見る。


「…あのね、おついちさんには連絡取りたくないって本当?」


兄者が「おい」と低く凄んだ。肩を小突いたのは家に呼べばおついちと遭遇するかもしれない、と暗に伝えたかったのだろうが素直な弟者はド直球にそう尋ねてきた。私は隠すこともせず、先ほどよりも強くうなづいてみせる。目の前の弟者は一瞬傷ついた様な、悲しんだような表情をうかべる。


「だったら、来たい時いつでも言ってきて。俺、その日はおついちさんと会わないことにする。逆に俺が遊びたい時も連絡するから、勿論おついちさんには言わない。……それでいい?」

「良いよ。」


そこまでして私と遊びたいのか、少し笑みが零れたが嬉しそうに笑う弟者を見て深く考えるのはやめた。勝手に切った縁なのだから、修復してくれるのは思ってもみないことだ。

それから他愛のない話をして、その日は真っ直ぐ自分の家まで送ってもらった。明日も仕事だし、夜遊びをする訳にも行かなかったからだ。こういう時、長時間拘束の仕事が嫌になる。その分給与も良いのだが、自分の時間がなかなか取れないものだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ