短編(2BRO.)

□とある冬の日のお話
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それから少し話して、私の携帯の電源が切れてしまい名残惜しい気持ちに後ろ髪をひかれながらも携帯をコートのポケットにしまうと、歩幅を速めた。

少し雨が降ってきだしたことに焦り、やっと見えてきた兄弟の家の玄関に走り込みインターフォンを押した。二回の甲高い音が鳴り、少しの沈黙。

何してるんだろう、もう弟者は家に帰っているはずだ。買った物をしまっていても流石にインターフォンの音は聞こえるだろう。もう一度押そうか、とボタンの上にあるカメラを見つめるとガチャリと音がした。


「どちらさん?」

「兄者、寒いから早く入れて。」


出たのは弟者の兄。その声色はからかっている口調で笑みが含まれていた。悪戯好きなお兄さんをあしらうように言うと、インターフォンの向こうの兄者は笑い声を漏らす。


「お前、この前弟者に合鍵渡されてるだろ!それで入ってきなさいよ。」

「あ。」


そうだった、先週から私はこの家の合鍵を頂いているんだった。兄者にそのことを打ち明けるのにすごく緊張したという後日談を昨日聞いたところじゃないか。

鞄を漁ると中に赤い鈴のついた鍵があって、からんと乾いた綺麗な音が鳴った。兄者はその様子の私を見てクツクツと笑い、「次からは気を付けるように、入ってよし。」とマンションのエントランスに続く扉を開錠してくれた。


「おかえりー!何、鍵忘れちゃったの?」

「いや、鍵ある事忘れちゃって…。」


弟者がエプロン姿で玄関まで駆けて来て、ニコニコ笑顔で私の脱いだコートと鞄をするりと奪う。早く早く、と急かされてリビングへ続いて入ると、ソファーに座る兄者の背中が見えた。振り向いて「おう」と手を上げられ、私も習って手を挙げた。


「レイー、はやくメシ作ってくれー。弟者がお前に手伝ってほしくてなかなか作ってくれねぇのよ。」

「だから拗ねてテレビ見てんの?」

「そーそー。」

「ちょっと!変なこと言わないで、兄者!」


リビングに向いているキッチンカウンターから弟者が怒っている。その手には包丁が握られていて、なるほど鍋の用意をしてくれているんだなと弟者の隣に並んだ。

そこには切られた材料がまな板の上に乗っていた。均等に並んだならんだそれらをみて、試しに肉をつまみ上げると細い繊維が切られておらず、一口大の肉が連なっていた。それを見て兄者がぶっと噴き出す。


「お約束というか…、弟者さすがだね…。おついちさんに一緒に料理習おうか…。」


私も兄者の笑い声に釣られて笑ってしまうと、弟者は顔を真っ赤にしてむくれてしまったようで、私の肩をちょんと小突くとコンロに土鍋を置いて火をつけた。

包丁でちゃんと切ってあげて、ごめんごめんと弟者に謝るが無言で兄者の隣にどっかりと座ってしまった。三人掛けても余裕のあるほどの大きなソファーが上下に揺れて、それと同時に兄者の背中が上下したのを見守る。

しょうがない、ここまで弟者がやってくれたんだし、残りは私がやってしまうか。

私はぐつぐつと水がお湯に変わったのを見て、材料を順番に入れている間に兄者が弟者の肩を強引に抱き寄せて、笑い声交じりに何かを話しているのに気付く。ご機嫌取りは兄の方が上手いみたいだ、弟者もあれこれとテレビを指差して話に応じていた。

ぼこぼこと鍋の中の材料が色を変えているのを見ていると、不意に弟者が隣にやってきた。その表情はまだ拗ねたように口をとがらせていたが、その眼は悪いことをした子供が母親に許しを請うようなこちらの顔色をうかがうような眼をしていて、努めて優しく「なに?」と声を掛けた。


「俺、カッコ悪い…。」

「気にしてないよ。弟者らしいって誉め言葉なんだから。」

「ええ…。それ違くない…?」


どうやら拗ねていた、というよりは恥ずかしくなって兄者の方に逃げたというのが正しいみたいだ。次に深皿を食器棚から三人分取り出すとテーブルに並べてくれた。兄者も一緒に食卓の上を片し、準備を手伝っている。
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