短編(2BRO.)
□今まではここでバイバイだった。
1ページ/2ページ
「あのー、僕好きなんだけど。」
「ん?猫?」
「えっ、あ…うん、そ、猫。」
目の前にいるこちらに一向に興味を示さない、黒い毛玉が俺を一瞬みて嘲笑っているように見えた。
今日は弟者の友達であるレイをデートに誘い続けること早二か月。もう9回目のデートになる。いや、レイはこの誘いをデートだと思っているかはわからないが。
今日はレイが猫カフェに行きたいと言われたので、最近近くに出来た猫カフェに連れて来た。人はまばらで、猫はまだ営業モードに入っていることもなく、猫を見ながらコーヒーをすすっている状況だ。
レイは黒猫にご執心で俺の方に寄せる視線もこの一時間だいぶ減った。妬いてないよ、何も。うん。モヤモヤする胸を撫でて落ち着かせる。
「この猫、かわいい〜!なのに全然振り向いてくれない!」
あぁ、俺の心の中読まれてるみたいだ。黒猫、早くレイの相手してやってくれ。そしてレイは俺の相手をしてくれ。
猫の名前が書かれたパンフを開くと、今レイが相手をしている猫の名前が書いてあった。青子。なんだ、女の子か。
「青子ちゃん、おいで〜。」
「あっ」
流石しつけされたちゃんとした猫ちゃん。名前を呼ぶと、こちらに興味を示し、トコトコとこちらにやってきてくれた。雇い主に愛されている証拠だ。いいなぁ、愛してくれる人がいて。
「おついちさんずるい!」
「ずるいのは猫ちゃんですー!変に付きまとってないで、ちょっと落ち着きなさい!」
うっ、何か刺さった、俺に。手にすり寄ってくる猫を撫でてその痛みをごまかした。
結局昼過ぎから猫カフェに入ったので、出る頃には夕方になっていた。今日の夜は曇り空で天気も怪しいし、早めに解散となった。
「おついちさん、駅から遠いけど大丈夫?」
「大丈夫だよ、近くまで送らせて。」
レイの家は郊外のマンションだ。駅から少し離れて、10分くらい歩く。その間の時間は俺だけを見てくれる唯一の時間だったりする。
「雨降りそうだね、帰り大丈夫?」
「大丈夫でしょ、心配しないで。」
レイはそこまでも優しい。マンションの入り口までくると俺は立ち止まった。レイはエントランスの自動ドアの前に立つ。
俺はここまで。いつもの事だ。またモヤモヤする胸を撫でた。
「じゃあね、レイちゃん。帰ったら連絡するからね。」
「うん、絶対だからね。」
レイは笑顔で自動ドアをくぐっていき、その姿が見えなくなるまで見守ってから俺も踵を返した。
二人できた道を一人で引き返すのは、俺のわがままの代償だ。この寂しさは大嫌いだ。だが、この苦しみを耐えてでもレイと一秒でも長く一緒にいたかったんだ。
……改めて考えると必死だなぁ、俺。
「あ、やべ。」
見上げた顔にぽつりと冷たい雨が当たった。雲はどんより厚い雲が張っていた。あーあ、本当ついてない。
そんなことがあっても懲りずにまたデートに誘おうかと考えていたある日、ひょっとした所用で街に来ていると、レイに出くわした。
「あ、おーい、レイちゃ……」
声をかけようとした時、男性ジュエリー店へ入っていってしまい、俺に気づくことは無かった。レイは当然、女性だ。こんなお店、プレゼント以外で立ち寄るわけは無い。
外からそーっと見ていると、店員とカウンター越しに真剣にショーケースを見ていた。
誰?誰へのプレゼント??俺?俺にするには若すぎるデザインのブランドだ。…………まさか、弟者?
さぁっと血の気が引いてその場を離れた。俺、もしかしたらとんでもないピエロを演じているのかもしれない。脳裏に仲良く並ぶ弟者とレイが笑っていた。
「いらっしゃーい、…ってどうしたの、おついちさん?」
「…。」
それから俺は何の考えもなく自然と弟者の家に来ていた。今日家にいることは知っていたから、思った通り呼び鈴を鳴らして出て来たのは弟者本人だった。
「……あ、いやー、近くまで来たから寄っただけ!あははは、一緒に夜飯どう?」
「え?う、うん、いいけど。」
驚いた顔の弟者にはっと我に返り、表情を作った。ピエロならピエロらしく笑おうじゃないか。弟者とレイがそれでいいなら、俺は出る幕は当然ない。俺と弟者は友達なのだから。
いい時間までご飯を食べながらテレビを見ていると、不意に弟者の携帯が鳴った。充電中のそのスマートフォンは俺に近く、見る気はなくても音に反応して視線を移しただけで画面に映る名前を見てしまった。
――着信 レイ
「あ、ごめん、ちょっと電話。」
「うん、いいよ。」
冷静な自分に気味が悪くなった。心臓がバクバクと強く波打っている。落ち着かせようとしても今回はそうはいかないみたいだ。シャツをギュッと握る。
弟者は俺の様子を知る由もなく、スマートフォンを片手に部屋を出ていった。俺の前ではできない話か。また心がどす黒く染まる。
「うんうん、あ、マジ?やったねえ。」
声を潜めてはいるが声の低い弟者の声はそれなりに響く。いてもたってもいられなくて俺は鞄を掴んだ。やっぱり、来るんじゃなかった。今日は特に。
「俺?大丈夫だよ、分かった。」
―――おいでよ?
その言葉に思考が止まる。来るの?今?レイが?ここに?
「あれ、おついちさん帰るの?」
「はい!?あ、おう…。」
「なんで?もう少しゆっくりしていきなよ、まだ早いよ時間。あとさ、レイ来るって。」
「いや、俺邪魔だろうからさ!」
「邪魔?そんな事ないって、レイも喜ぶよ。」
いや、レイがプレゼントを買っている事実を知っている俺は分かる。きっとあの後目当てのジュエリーを買って、弟者に渡しに来たんだ。
俺の名前を電話口で聞いて、内心舌打ちをしたくなったに違いない。俺は邪魔をしたくない。好きな女なら尚更。
「いやー、急用でさ、ほら。」
「嘘だあ、いきなり?携帯も何も鳴ってないじゃん。」
「そこは以心伝心的なさあ!」
「え、何テレパシー?」
ピンポーン、そうこうしているうちに呼び鈴がなってしまった。今帰っても玄関で鉢合わせてしまう。いや、最悪それでも邪魔者が退室出来ればそれでいいか。
弟者の反対を押し切り、玄関へ向かうと、レイが玄関を開けて靴を脱いでいた。あ、そっか、合鍵くらい持ってるか…付き合ってるなら。あは…は………。
また胸が痛くなって視線が下に落ちた。
「いや、ありえなく無いそれ!?」
「俺もビビったよ、ほんとにさぁ〜。」
目の前でまるで兄妹のようにはしゃぐ2人を見ながら、レイの買ってきた酒をちびちび飲む。
レイはしっかりその手にブランド物の紙袋を持っていた。大きさからして恐らくはネックレス。弟者は何も言わず、気付いているのかいないのかその事には振れなかった。
まぁ、最近は紙袋だけブランド物のものを持って中に私物を詰める子もいるくらいだし、気にしていないのかもしれないが。
俺が貰うものじゃないのにしっかり目ざとくチェックしてる自分に嫌気がさす。
「え、ヤバくない時間!?終電無くなる!」
「ホントだ。いつの間にかこんな時間になってたんだ。」
そうだよ、俺は時計ばっか見てるから心の中で力強くうなづいた。俺は歩いて帰れるし、レイもいざとなったらこの家に泊まれる。……開放されるのは俺だ。
「じゃあ私帰ろっと。」
「え、帰るの?」
「うん、帰るよ?」
立ち上がったレイに驚いたのは弟者だけじゃなかった。プレゼント、渡さないのか?いや、俺がいるから遠慮してるのか?自然と紙袋に視線を移してしまうと、レイが慌てたようにそれを掴んだ。
「おついちさんは泊まってく?」
「いや、俺も帰るけど…。」
渡す勇気がなかったのかもしれない。突然閃いたその感情が俺の今までの恋心と同調した。レイだって、男にプレゼントを渡し慣れている様子がないのは、俺も知っているじゃないか。
そう考えたら、この後弟者の家から自宅まで惨めな道のりを歩くことになる。まるで俺がレイの家から駅まで歩くあの時間みたいに。そんな時間、1秒だって好きな女に味わわせたくない。
「送るよ、レイ。」
胸の痛みを無視して俺はそう言った。キリキリ傷んだ胸も今日で最後。俺の恋心も今日で最後だと言い聞かせた。